シルヴィア=オールディスは、メリエル大陸にある、フィオナ王国城下町に生まれました。
オールディス家は、子供を騎士に育てる事に情熱を注ぐ、いわゆる騎士家庭でもなく
王室の側近を務める宮廷魔術師(魔法使いではないです)候補を生み出している家庭でもない
町のマーケットで野菜の仕入れ業を営んでいる、本当にただの一般の家庭でした。

父と母は、お互いを愛していたし、二人にとって、一人娘のシルヴィアが一番の宝物で
普通に学校に通い、友達と遊んで、素敵な人に嫁ぎ、幸せな家庭を築いてほしいと願い
シルヴィア自身も、自分はごくごく平凡に生きていくんだろうなあと信じていました。

シルヴィアには、妹が居ました。
一人娘なのに妹?ちょっと変ですね、正確には「妹のような存在」です。
名前は「ラル=アルカード」、近所に住む、半分が人間で、半分が悪魔の女の子です。

話は少し昔の事になります。

ラルの父親は、フィオナ城下町冒険者ギルド「クレメンス」に所属する冒険者。
そのラルの父が、任務地の村で悪魔の女性を見初め、あの手この手で口説き落としてしまったそうです。
その女性が、ラルのお母さんになります。
冒険者仲間からは「悪魔と結婚するとかイカレテル」だの「変態」だの「ふぇち」だの色々とののしられましたが
この悪魔さんは、外見は人間とほとんど同じだし、何より住んでいた村の人達から「メーさん」の愛称で呼ばれていて
なまじの人間より、よっぽど心が綺麗でした。

そんなこんなで出来ちゃったのがラルで、しばらくは3人一緒にメーさんの村に住んでいたのですが
ラルの父親の仕事の事もあって、親子一緒にフィオナ王国城下町に移住せざるを得ない事になりました。
でも、フィオナ王国城下町に悪魔が住んだ前例はなく、どうしたらいいか分かりません。

自分一人の力ではどうしようもない事に気がつき、ラルの父親はすっかり困ってしまいました。
そこで思いついたのが、オールディス家の人に助けてもらおう、と言う事です。
シルヴィアの父とラルの父は、同じ学び舎で育った親友だったのです。

シルヴィアの父は、ラルの父の正直な性格は知っていたし、ヤツが見初めたのなら間違いはない。
そう思って協力してあげたかったのですが、シルヴィアの母は、悪魔が怖かったし
シルヴィアにもしもの事があったら困る、そう母の愛で思っていました。
当時シルヴィアは5歳で、頭の良い子ではあったけれど、まだ世の中の理屈と言うものは知らない、純真な子供でした。
父と母が何に頭を悩ませているのか、良く分かっていなかったのだけれど
「近所に何か変なものが引っ越してくるかもしれない」と言う事を知って、何となく怖かったりしました。

シルヴィアの父と母、ラルの父と母が、町にあるホテルで、今後の事で話し合いをする事になりました。
悪魔が町に住むと言う事はどういう事になるのか、事は重大です。

元々フィオナ王国は、初代国王のアルヴィン一世が、メリエル大陸に住む悪魔を強引に排斥して建国した国です。
アルヴィン一世自身も、人間とは思えない悪政を敷いた、ある意味で悪魔でしたが
その後メリエル大陸で繁栄した人々にとって、強大な力を持つ悪魔は、恐怖の産物でしかありませんでした。
いくら心が綺麗とは言っても、その悪魔が町に住む事になるのですから
協力した場合、最悪、オールディス家の崩壊、そしてメーさんは暗殺されてしまう可能性もあるのです。

そういった困難を乗り越えるには、最低でも、オールディス家、そしてラル達アルカード家が一蓮托生になる必要があります。
でもシルヴィアの母は基本的には反対だし、話し合いの中、メーさんは肩身の狭い思いをしていました。
話は右に行ったり左に行ったり、時には斜めにも行ったりしながら進められていきました。

さて、その間シルヴィアは、自分の家の部屋でネコのヌイグルミをふかふかしていたのですが
両親は中々帰ってこないし、ふかふかするのも飽きたし、その内にお腹が空いたので
近所の慣れ親しんだマーケットに、お菓子を買いに行く事にしました。

シルヴィアはこのマーケットに、父が野菜を持って、行ったり来たりしている姿をよく覚えています。
でも、今日はなんだか様子が違います。
お菓子のコーナーに、赤い髪の小さい女の子が立っていて、その周りを大人たちが囲んでいます。

シルヴィア「あれ、どーしたの?」
店主   「ああシルちゃん、この子がね、お菓子を買いに来たんだが、びっくりした事に、悪魔らしいんだよ、この子」

悪魔と聞いて、シルヴィアはびっくりしました。
でもその「びっくり」は、大人達が話している悪魔象や、絵本で読んだ悪魔と全く違っている事の「びっくり」でした。
悪魔と言うのは、筋骨隆々で、醜い顔をしていて、角が生えてて、残忍で、一撃で何もかも吹き飛ばしてしまうような
そんな姿しかシルヴィアは知りませんでした。

でも大人達が囲んでいるこの女の子は、尻尾こそ生えているものの
肌が白くて、髪がフサフサしていて、かわいい顔をした、いたって普通の女の子でした。
その女の子を、大人達が身動きとれんばかりに囲み、疑いの目で見ている光景を、シルヴィアは不思議に思いました。

シルヴィア「ねえこの子、何かしたの?何で皆怖い顔してるの?」
店主   「いや…だって、悪魔だぜ?なあ」
男     「ああ…」

シルヴィアは、なんだかイライラしてきました。
こんなかわいい女の子が、大勢の大人達に囲まれて、嫌な目で見られて、女の子は今にも大泣きになりそうにオロオロしているのです。

シルヴィア「ねえ、ちょっとどいて…いこ!私の家いこ!」
女の子  「あ、え…」

シルヴィアは、大人達をかき分け、女の子を半ば強引に囲みの外に引っ張り出しました。

店主   「おい、シルちゃん、ちょっ…」
シルヴィア「いーじゃん、この子今から私の友達なの!後このお菓子買ってくからね!」
女の子  「うあっ、あの、おねーちゃん、わたし…」
シルヴィア「ごめんね、皆いつも優しいのにさー」

シルヴィアはブツブツ言いながら、この女の子を家に招きました。
招いたと言うより、引っ張り込んだと言う方が正しいかもしれません。
女の子をシルヴィアの部屋のふかふか座布団に座らせ、マーケットで買ってきた(しまった!お釣りをもらわなかった!)
ポップンコーンを大皿に移し、女の子と一緒に食べ始めました。

そして、女の子から、お母さんが悪魔と言う事や、住んでいる村でキラキラした物(ガラス工芸品の事)を売っている事。
仲の良いお父さんとお母さんの毎日の話や、近い内に、もしかしたらこの町に引っ越してくる事を聞いて
シルヴィアはポップンコーンをポリポリやりながら、悪魔って全然怖くないじゃんと思い
もし、引っ越して来る事が決まったら、この子の友達第一号になる事を心に決めたのです。

シルヴィア「あ、ごめん、名前聞いてなかったねー、なんていうの?」
女の子  「ラルだよ、お姉ちゃんは?」
シルヴィア「シルヴィア、シルヴィア=オールディスっていうんだー」
ラル    「あれ?オールディスって…」

そう言っている間に、玄関でカランカランと鐘の音がし、シルヴィアの両親が帰ってきました。

父     「シルヴィア、シルヴィアはどこだい?」
シルヴィア「ここー、部屋だよ」

シルヴィアは頭だけ部屋の外に出して言いました。

父     「ちょっと大事な話があるんだ、リビングに来てくれ」
シルヴィア「友達が居るんだけど、いいの?」
父     「友達?」

そしてシルヴィアとラルが、二階にあるシルヴィアの部屋から、ひょこっと出てきました。

父     「尻尾…もしかして、その子、悪魔じゃないかい?」

ラルはビクッとしました、また嫌な目で見られる、そう思ったのです。
シルヴィアはそれに気がつき、ラルを自分の体で隠しながら言いました。

シルヴィア「え、と、悪魔って言っても、この子全然…何か、絵本の悪魔とかと全然違うよ、普通の女の子だよ」
父     「ああ、分かっているよ、何の因果かな…仲良くなれたのかい?」
シルヴィア「え、あ、うん」
父     「まあ、とにかくリビングに来てくれ、その子も一緒で良い、ママもいいね」
母     「ええ」

シルヴィアとラルが階段を下りかけた時、また玄関でカランカランと音がしました。
そして、痩せ型だけどたくましい男の人と、とても綺麗な…羽と尻尾が生えた女の人が入ってきました。
シルヴィアはその女の人を見て驚きましたが、それと同時に、もしかしてと思いました、この人がラルの母親なのかな、と。

ラル  「あ、ママ」
メーさん「ラル!?どうしてここに!?ホテルで待ってるように言ったのに」
ラル  「ん、お腹空いちゃって、その…」

ラルは困った顔でシルヴィアをチラリと見ました。

シルヴィア「ごめんなさい、マーケットで見かけて、勝手に連れて来ちゃいました」
男     「それはすまなかったね…君、シルヴィアちゃん?大きくなったね」
シルヴィア「…あ、もしかしてラルダンのおじさん?」
ラルダン 「そうだよ、久しぶりだね。
       こっちは俺の嫁のメル、その子が、娘のラルだよ」
シルヴィア「それじゃ、引っ越してくるのって、ラルダンのおじさん達だったんだ」
ラルダン 「うん、まあ、まだ本決まりじゃないんだけどね…」

ラルの父ラルダンは、クレメンスからの仕事を請け負っている都合上
フィオナ王国城下町に帰ってくる事がたびたびあり、シルヴィアの父と親交があるため、シルヴィアとも面識がありました。
最後に会ったのは、シルヴィアが3歳の時、この時既にラルは1歳になっており
ラルダンのおじさんに子供が出来た、と言う事は知っていましたが、それがラルだとは知りませんでした。

父   「皆、何をしているんだ、リビングに集まってくれ」
メル  「すみません」
ラルダン「すまない、今行く」

ラルダン、メルに続いて、シルヴィア、ラルの順にリビングに入りました。
シルヴィアは、メルを後ろから見て、この尻尾はどういう風にくっついているんだろう?と興味津々でありました。
シルヴィアの母が、6人分のお茶を淹れ終わり、全員に回ったところで、シルヴィアの父が口火を切りました。

父     「さて、面子もそろったところで、今後の事について話し合いたい」
ラルダン  「ああ…」
父     「率直に言うが、これは私の娘次第だと思う」
シルヴィア「私?」
父     「私はラルダンの事を良く知っているし、話してみて、メルさんの事も良くわかった」
母     「…はい、私も、悪魔と言う存在をいささか誤解していたかもしれません。
       メルさんのような、心の綺麗な悪魔も居ると、恥ずかしながら、初めて知りました」
メル    「いえ、そんな…メリエル大陸には、危険な悪魔の方が多い事も事実です。
       ただ私が村の皆さんに良くして頂いたと言うだけで…」

ラルダンは少しにやりとしました。
それは恐らく、メルが素晴らしい女性だと言いたかったに違いありません。

父    「ただ、この町に住むと言う事の弊害も沢山あると思う。
      私たち夫婦は了解したが、この町の多くの者は、潜在的に悪魔を恐れているんだ。
      場合によっては、迫害に近い扱いを受けるかもしれない。
      事に、もし、だが、私の娘が悪魔を嫌っているとしたら、申し訳ないが、君達に協力は出来ない」

ラルは少しうつむきながら、シルヴィアを見ました。

シルヴィア「私は大丈夫だよ、ラルと話してみて、ラルが良い子だって分かったもん」
ラル    「おねーちゃん…」
シルヴィア「それに、ラルとはもう友達になったし、これからずっと一緒に遊びたいし」
父     「…もし、それで町の人がシルの事を嫌っても、かい?」
シルヴィア「え…?」
父     「そういう事もあり得る、と言う事だよ」

少し間を置いて、ラルダンが言いました。

ラルダン 「俺は、それで親友の子を苦しめたくはないんだ、無理だと思ったら、遠慮なく言ってほしい、その方が諦めもつくよ。
       クレメンスから脱退して…どこか郊外に行っても、まあ暮らせないと言う事もないしな」

シルヴィア「…おかしい!!」

ラルダン 「え!?」

シルヴィア「皆さ、メルさんやラルが悪魔だって、そればっか気にしてさ。
       悪魔だからって、メルさんとラルが私たちと何も変わらないのは、もう分かってる事でしょ!?
       それなのに、メルさんもラルも、ずっと皆に嫌われながら過ごさなきゃならないなんて、おかしいよ!
       私が嫌われるとか嫌われないとか、そんな事じゃなくて
       メルさんやラルが町に居て普通だって、それが当たり前だって思われるように頑張ろうよ!
       それは私たちにしか出来ない事なんでしょ!」

メル    「シルヴィアちゃん…」

シルヴィアの父は、少し考えて、こう切り出しました。

父     「…よし、分かった、シルの言うとおりだ。
       人間だろうが悪魔だろうが、メルさんはメルさん、ラルちゃんはラルちゃんだ。
       町の皆に分かってもらえるよう、最大限努力しよう、ママもいいね?」
母     「ええ」
ラルダン  「すまない、感謝するよ」

こうして、オールディス家は、アルカード家と共に茨の道を歩む事を決めました。
それから、ラルはシルヴィアの事を姉だと思い、シルヴィアはラルの事を妹と思うようになりました。

これがシルヴィアとラルの出会いでした。



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