シルヴィアとラルが中学生になった頃、ある出会いがありました。
その出会いと言うのは、「あの人」との出会いでした。

シルヴィアとラルは、年齢はふたつシルヴィアが上でしたが、寒い季節の長期休みの宿題の内容は一緒でした。
それは「フィオナ王国のどこかの地方の歴史を調べて、レポートにまとめる」と言うもので
フィオナ王国に対する愛国心と知識を養うと言う名目ではありましたが、あまり人気のある宿題ではありませんでした。
しかし、長期休み中の宿題での必須項目のひとつであったため
学生は2〜3人ずつのグループに別れ、一蓮托生でお互いに迷惑をかけつつ、この宿題を攻略するのが伝統です。
当然、シルヴィアとラルはパーティを結成し、この難敵に挑む事にしました。

まず、レポートの対象となる地方を決定する事になります。
シルヴィアとラルは、フィオナ王国城下町からあまり外に出た事はなく
暑い季節に花火を見にエーリアル地方に行った程度であり、その他の地方は名前すらあまり知りません。
また、シルヴィアの父が、時折エーリアル地方の名物野菜「エリアルファ」を仕入れに行く事があり
シルヴィアは幼い頃、父について仕入れに行った記憶があります。
そう言った事柄から、自然と「エーリアル地方を調べよう」と決定する事となりました。

エーリアル地方は、古くから芸術家や学者を多く輩出してきた地方であり
花火大会で有名な「クレメンティーナ湖」がある「クレメンタイン街」には
アルヴィン5世の側近を務めた「ルーカス=マクファーレン」や
フィオナ王国芸術人間国宝の「マルグリット=ミール」など、著名人が多く在住しています。
また、フィオナ王国城下町から地理的に近いと言う事もあり
現在、フィオナ王国で、もっとも発展している街のひとつでもあります。
そしてエリアルファは、クレメンティーナ湖の清浄な水で育てられているため、大変美味な葉野菜として有名です。

シルヴィアとラルは、ちょっとしたピクニック気分で、クレメンタイン街を目指しました。
リョウバさんやリョウガさんの事を思い出しながら歩いたり
道端に生えていた、幸運の7つ葉のクローバーを収穫しながらの、楽しい道のりとなりました。
そして、無事にクレメンタイン街に到着しました。

ところで、ふたりがクレメンタイン街に来た理由は、ふたつあります。
歴史を調べるだけなら、フィオナ城下町の王立図書館に行けば事は済みます。
ひとつは、久しぶりの長期休みに、単純に遠出をしてみたかったから。
もうひとつは、このクレメンタイン街でマルグリット=ミールの美術展が開催され、その初日が今日なのです。
そのふたつの要因が重なり、ふたりはクレメンタイン街に来る事にしたのです。

マルグリット=ミールの美術展は、街の中央の大きな建物を借り切って開催されています。
ふたりは宿題はとりおき、さっそく(楽しみにしていた)美術展へと繰り出す事にしました。
マルグリット=ミールは女流画家ですが、大胆な筆運びに、女性特有の柔らかさを兼ね備えた、稀代の美術家として
フィオナ王国はもちろん、フィオナ王国のライバル国「アルダス」にもその名は知られています。

ふたりは絵の一枚一枚を時間を忘れて楽しみました。
そして、ある一枚の絵を見ている時に、誰かの声が聞こえました。

??   「どうですか、すばらしいでしょう」
シルヴィア「ん、んっ?」

シルヴィア達は突然話しかけられてビクッとしました。

??   「ああ、これは失敬、私はブライアン。ブライアン=コールフィールドと申します」
シルヴィア「え、あ…はあ?どうも」

ブライアンと名乗ったその人は、シルヴィアとラルより幾分か年上(高校生かな?)の若者でした。
ただ、知性のある喋り方やたたずまいから、見た目より随分年齢が高いように感じます。

ブライアン「マルグリット嬢は、若干42歳にして人間国宝になりました。
      同じ芸術を志す者として、目標とすべき方ですね」
ラル   「へー42歳で…」
ブライアン「まったく、すばらしいものです。
      さて…時にあなた、ラル=アルカードですね」
ラル   「え、えっ!?」

シルヴィアとラルは驚きました。
全くの初対面の人が、ラルの事を知っていたのです。

ブライアン「はは、驚く事はないでしょう、あなたはフィオナでは有名ですよ。
      "悪魔がフィオナ城下町に住んで学校に通っている"、私も同校の出身ですからね、後輩の事は当然知っています。
      ラル=アルカード、その特徴は…」

ブライアンはチラリとラルに目をやりました。

シルヴィア「あ、尻尾」

ふたりは「あっ」と気付きました。
フィオナ王国の街中を普通に歩く「尻尾のある女の子」が居たら、それはラルなのです。
フィオナ王国の制度として、小学校は統合、マンモス化しており、フィオナ中から人が集まってくると言う事もあり
若い世代の人なら、大抵の人はラルの事を知っていたのです。
ただ、悪魔の血を引いていると言う事で、嫌うとまではいかなくとも、好んで話しかけてくる人はあまり居ませんでした。

ブライアン「そしてあなたは、シルヴィア=オールディスですね」
シルヴィア「え…私の事も知ってるんですか?」
ブライアン「私はね、人間を知る事が好きなんですよ。
      ラルさんのために、一人の親友を救うために、生徒会会長になった女性など他には居ません」

シルヴィアは、小学校時代の事を思い出し、少し恥ずかしくなってしまいました。

ブライアン「私があなたに話しかけたのはね、シルヴィアさん、あなたが心配だからです」
シルヴィア「え?あ…ラルの事ですか?今は少なくとも、同じ学校の人はラルの事を分かってくれてますけど」
ブライアン「そうではありません。あなたの体が、です」
シルヴィア「え…体?」

ブライアンは少し間を置いてから話し始めました。

ブライアン「私の見るところ、尻尾の特徴からして…ラルさん、あなたは「ラヴィニア」族の血を引いています。
      ラヴィニア族の悪魔は、無意識の内に、もっとも愛する者の精気を奪い取る性質を持っているのです」
ラル   「ええ?」

シルヴィアとラルは顔を見合わせました。

ブライアン「あまり知られていない事ですがね。
      人間でも、大人ならね、大人なら問題ないのですよ、耐性がありますから…それが世間でラヴィニア族の特性が知られていない原因です。
      しかし、今のあなた達の年齢、つまり思春期に当たる年齢の時が、一番危険なのです。」
シルヴィア「え、それはどういう…」
ブライアン「ラヴィニア族の子供は、相手の精気を奪い取る能力を持たず、年齢と共にその能力を得ます。
      大体そうですね、10代の中期頃に能力が完成するでしょう。
      そして同じ時期の人間は、その能力に対する耐性を持っていません。
      長期間、精気を奪い続けられれば、身体に重大な損傷を与える事になります」
ラル   「…」

ラルは、自分がシルヴィアにとって、いかに危険な存在かを察しました。

ブライアン「ラルさん、あなたはシルヴィアさんを愛していますね」
ラル   「…じゃ、私、シルヴィアの命を…」
ブライアン「楽観視は出来ないでしょうね。
      シルヴィアさんの事を考えるなら、すぐに別々に生きる事を考えるべきです」

沈黙が辺りを包みました。

シルヴィア「私は…」
ラル   「私、シルヴィアの事が好きだよ。
      でも、それってダメだったんだ…シルヴィア、私」
シルヴィア「それ以上言わないで…私ね、ラルと一緒に居るよ」
ラル   「えっでも、ダメだよ!」
シルヴィア「ラルは、私がド根性だって知ってるでしょ!死ぬ前に大人になるから大丈夫だよ!大人になれば平気なんだし!」
ラル   「そんなぁ…」

ラルは泣きそうになってしまいました。

ブライアン「…くっく…はっはっは、これは楽しい方々だ」

ブライアンは、なぜか笑いました。

シルヴィア「な、何笑ってるんですか!?」
ブライアン「これは失敬、いえね、あまりにもあなた達が純粋なので感銘を受けましてね。
      また、あなた達の愛情が真実なのか知りたかったのですよ」
ラル   「えー…?」
ブライアン「ラヴィニア族が相手の精気を奪い取ると言うのは本当です。
      現に今も、シルヴィアさんは、徐々に消耗していっているでしょう」
ラル   「え、じゃやっぱり…」
ブライアン「素直に別れればそれで良しですが、ですがね、私もそんな結末は望んではいません。
      …コールフィールド家は、悪魔学にも長けた家系でしてね。
      私があなた達の存在を知ってから、いつかこういう機会にめぐり合える時が来るだろうと思っていました。
      その時のために、このペンダントを制作してみたのですよ」

ブライアンは、上着のポケットから、液体が入った水色のペンダントを取り出しました。

シルヴィア「これは?」
ブライアン「これはね、クレメンティーナ湖のイオン成分を高密度に凝縮させ、封じ込めたものです。
      クレメンティーナ湖の水は浄化の作用がありますからね、持っているだけで邪気を祓います。
      ラヴィニア族特有の精気奪取も防いでくれるでしょう。
      形状は私のオリジナルですが、効果の程は保証しますよ。
      これから、ラルさんと一緒に居る時は、少なくとも18の齢を数える位までは、これを身に着けて生活してください」
ラル   「ブライアンさん…ありがとう!」
シルヴィア「ありがとうございます…でも、どうして、ここまでしてくれるんですか?」
ブライアン「…私はね、人間を知る事が好きなんですよ。
      様々な境遇の人間に会い、その感情をコレクションするのが好きなのです。
      これからあなた達がどのような感情を持ち、人生を歩むのか、とても興味がありますしね」



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