それは20年程前の寒い季節でした。

アルヴィン6世の側近、クリフォード=ヴォルトンは、フィオナ城の政務室へとつながる
長い螺旋階段を、息を切らして大急ぎで上っていきました。
クリフォードは御年48歳、アルヴィン5世の世代にフィオナ城政務官へ仕官しました。
10年前、アルヴィン5世、そして6世の側近だったルーカス=マクファーレンが還暦を迎え、側近を引退した際
後任として、クリフォードがアルヴィン6世の側近へ選出されました。

48歳の身に、30メートルはあろうかと言う長い螺旋階段を急いで上るのは、いささか辛いものがありましたが
クリフォードは、何を置いても、政務室にいる(はずの)、アルヴィン6世に伝えなければならない事がありました。
政務室のドアの前へ立ったクリフォードは、5秒ほど息を整え、ドアを叩きました。

クリフォード 「アルヴィン様!アルヴィン様!おられますか!?アルヴィン様!」
アルヴィン6世「なんだ騒がしい!どうしたクリフォード!」

アルヴィン6世は、きたる国家会議にて、アルダス王ウィリアム5世との会談を控え
そこで述べる、メリエル大陸でのフィオナの立場、近年力を増しているザンティピーに対する対応など
7項目の論文を仕上げている最中でした。
ドアを乱暴に開けたクリフォードは、上気した顔で、アルヴィン6世に、まず目で訴え、そして声に出して言いました。

クリフォード 「お、お生まれになりましたぞ!アルヴィン様の、ご、ご子息がお生まれになりましたぞ!」
アルヴィン6世「な、なに!本当か!?でかしたフィリーネ!おい、行くぞクリフォード!今夜は宴だぞ!」
クリフォード 「は、はっ!」

アルヴィン6世は、用意していた7項目の論文をズタズタに引き裂き、狂喜した様子で
クリフォードを連れ、妻フィリーネの待つ王妃の間へと急ぎました。

アルヴィン=オデッセウス=ニーグル、アルヴィン7世は
アルヴィン=イーリアス=ニーグルと、その妻、フィリーネ=ニーグルとの間に生まれました。

「賢王」と呼ばれ、特に政務能力の高かったアルヴィン6世も、やはり人の親でした。
アルヴィン7世が風邪を引いたと知れば、仕事を放り出してフィリーネとアルヴィン7世の元へ急ぎ
公務で出かける時は、城中の女中へ、アルヴィン7世の相手をするように申し付けるなど、いささか「甘く」接してしまう事もありましたが
その反面、教育にも熱心で、「王たる者の資質」や「人材の大切さ」、「知識への貪欲さ」など
アルヴィン7世がまだ言葉も良く理解出来ない年齢の頃から、毎日のように演説を繰り返していました。

偉大な父と、優しい母と、遊び相手の女中にかこまれ、アルヴィン7世は、すくすくと育ちました。
そしてアルヴィン7世が小学校に入る頃になると、フィオナ城下町は「アルヴィン7世が小学校に入学する」と言うニュースで持ちきりとなりました。
しかし、アルヴィン7世は、ひとつの疑問を持ち続けていました。

「何で自分はこんなに特別に見られるんだろう?」と言う疑問です。

街を歩けば、いろいろな人が話しかけてくるし、別に何をするでもないのに、自分を敬愛してくる。
アルヴィン7世にとっては、それは日常でありながら、不思議に思っている事でした。

そして、アルヴィン7世とその同世代の子供達が、小学校の入学式へと出席する事になりました。
講堂に百十数名の子供達とその父母が並び、アルヴィン7世は一番最前列の中央に居ました。

フィリップス 「ええ、フィオナ王国小学校「ウーラノス」校長の、フィリップスであります。
        父母の皆さん、そして今期入学する皆さん、はじめまして。

        我がウーラノスの歴史は深く、しかしながら、まだ浅いものであります。
        なぜなら、ウーラノス設立当初は、フィオナの特権階級の子供達にしか、我が校への入学は許されませんでした。
        しかし、かのアルヴィン5世公によって、フィオナ王国の子供達はすべからく同じ教育を受けられるよう制度が改正され
        現在のウーラノス校の体制が整われ、フィオナに新しい歴史が刻まれました、今から50年程前の話です。

        わたくしフィリップス自身も、貧しい家庭に生まれ、勉学と言うものを知りませんでしたが、ウーラノスへ入学した事をきっかけに
        学習する楽しさを知り、今まさに、皆さんの前に立つ事が出来ているのであります。
        アルヴィン5世公、そしてアルヴィン王家の方達には、感謝の言葉が絶えません。

        そして今年、アルヴィン6世公のご子息である、アルヴィン7世様を当校にお迎え出来るとなり
        わたくしフィリップスは、歓喜に震え、興奮の色を隠せずにおります。
        それでは、今回の来賓である、アルヴィン6世公、アルヴィン=イーリアス=ニーグル様からのお言葉を受け賜りたいと思います」

アルヴィン6世「おほん!ええ、アルヴィン=イーリアス=ニーグルであります。
        父母の皆さん、そして国の至宝であるその子供達に、まずはお祝いの言葉を述べさせて頂きます。
        我がフィオナ王国の…」

子供達の父母は、厳粛な気持ちで(とても長い)挨拶を聞いていましたが
当の子供達の体力は、既に限界に達しており、中には尿意をもよおしはじめている子供もおり
アルヴィン7世も、普段から父親の演説を聞いているとは言え、まだ二桁の年齢に満たない子供ですから
体力と集中力も、そろそろ在庫切れに近くなっていました。

アルヴィン7世は、ふと、隣に居る男の子に目をやると、その男の子も同時にアルヴィン7世に目をやったようで、目が合ってしまいました。
その男の子は、一瞬口元を緩めた表情を見せ、ふいとまた前を向いて話を聞き始めました。
アルヴィン7世は、その男の子に、今まで会ってきた子供とは違う知的な雰囲気を感じました。

そして、長い長い大演説大会がようやく終わり、子供達とその父母は
クジ式でクラス分けされたそれぞれの教室へと入り、担任の先生の話を聞く事になりました。
アルヴィン7世の入ったクラスは1年B組、席は適当に座って良いと言う制度なので、教室の入り口に近い、前列の右側に座りました。
その隣の席には、先程目が合った、あの男の子が座りました。

男の子    「おや、また君と隣ですね」
アルヴィン7世「あ、うん、さっき会ったね、えーと…僕はアルヴィンて言うんだけど、君は?」
ブライアン  「ほう!君がアルヴィン7世公ですか!これは数奇な事だ…。
        私はブライアン、ブライアン=コールフィールドと申します」

ブライアンは、少しだけ会釈をしながら自己紹介をしました。

アルヴィン7世「な、何か君、すごく大人っぽいね」

ブライアンは、にやりと笑いながら言いました。

ブライアン  「コールフィールド家はね、昔からそうなんですよ。
        子供を子供扱いしないと言いますかね、学者の家系と言う事もありますが、まあ、アルヴィン1世公の頃からの伝統でしょうね。
        伝統はそうそう変えられない、そういうものです」
アルヴィン7世「へー、何か大変そうだね」

少し間を置いて、ブライアンが話し始めました。

ブライアン  「それでもね、アルヴィン5世公が即位してからのコールフィールド家は、大分変わりました。
        それまでは、王室への仕官が人生の大事とされ、自由もなく潔癖で、つまらない家系でした。
        しかし今では、商売を営む者、医者になるもの、そして私もそうですが、芸術を志すもの、さまざまです。
        アルヴィン5世公には感謝していますよ。
        先程申しましたが、フィオナ王国の…そう、伝統を変えたのですからね」
アルヴィン7世「そんなものなのかな」
ブライアン  「ふふ、そういうものです。
        さて、ときに、君は、もしかして自分が特別に見られる事を、不思議に思っていたりしていませんか?
        …いえね、王の子供にしては、ずいぶんと無垢な印象が見受けられましてね」

アルヴィン7世は、心を見透かされたようで、どきっとしました。

アルヴィン7世「え、ああ…だってさ、皆して僕を良いように見るんだ。
        僕自身は何もしていないのに、おかしいと思うんだよね。
        そりゃおじいちゃんや父さんは偉いと思うけど、僕が何かした訳じゃないのにさ」
ブライアン  「…そう、君はまだ何もしていない、つまり、「これからする事」に、皆が期待しているのです。
        君が賢君になるか、それとも暴君となるか…願わくば良い王になってほしい、そう思っているのです。
        まあ、今君が特別に見られるのは、いわゆる「先祖の威光」ですが、その威光を越える事を目指さなければなりません。
        そうでなければ、君は誰からも認められない事になります」

アルヴィンは考えました。

アルヴィン7世「そっか…大変だな僕」

ブライアンは、にっと笑顔を見せて言いました。

ブライアン  「ただね、5世公も6世公も、自分で何もかもしてきた訳ではありません。
        周囲の意見を取り入れ、自分を常に「改良」していく、その精神性が大切なのですよ。
        自分は特別な立場ではあるが、決して1人ではない、それが重要です」

アルヴィン7世は、少し考えて言いました。

アルヴィン7世「1人ではないか、そうだね。
        そうだ、その1人として、まず君が友達になってくれたら嬉しいな。
        僕さ、フィオナ城の女中さん達しか友達が居ないんだよね」
ブライアン  「もちろん喜んで、私もね、君と言う人間にとても興味があります」

二人は、笑顔で握手をしました。

その後、アルヴィン7世はブライアンと交流を深めていきました。
アルヴィン7世は、ブライアンの才覚や人格に魅了され、ブライアンもまた、アルヴィン7世を興味の尽きない相手として
大学卒業から今に至るまで、彼らの固い友情は揺るぎませんでした。

アルヴィン7世「ブライアン、君は騎士団に入るんだって?」
ブライアン  「ええ、先の戦争でずいぶん人が死んだでしょう?」
アルヴィン7世「アルダスとの国境戦争かい?」
ブライアン  「私はね、武力と言うものは、威嚇、牽制の手段であり、その裏の弁論こそが、真の戦争だと思っています。
        私が騎士団の陣頭に立ち、無益な戦いをしなければ、彼らは死なずに済んだかもしれない。
        …私は、両国の被害を最小限に食い止める努力をします。
        そして、真に戦うのは、あなたになるのでしょうね。
        アルヴィン、今この大陸で起こっている闘争を止められるのは、あなたしか居ません」
アルヴィン7世「うん、いつか君が言ってたっけね、俺のする事に皆が期待してるってね。
        この戦争を終わらせる事こそが、俺が賢君と呼ばれる条件かもしれないな」



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