シルヴィアの家は、野菜の卸売り業を営んでいる事から
シルヴィアの父は、毎朝早く家から出かけ、専属の農家の家を回り、野菜を仕入れ
フィオナ城下町のマーケットで販売し、昼頃に家に帰る、と言う日々を送っていました。

この日は、今の季節が旬の、エーリアル地方原産の「エリザール」が良く売れ、昼前に野菜を完売し、家路につく事になりましたが
その帰り道にある街の広場で、あるチラシを配っている人が居ました。
葉野菜の破片がひっついたリヤカーを引きつつ、配布人に近づき、声を掛けてみました。

父  「やあ、それは何のチラシだい?」
配布人「ああこれはですね、マルグリット=ミール、知ってます?彼女の新しい画集が来週販売されるんで、その宣伝ですよ」

マルグリット=ミールは、フィオナ王国が誇る芸術人間国宝の女流画家です。
シルヴィアの父は、シルヴィアがマルグリット=ミールのファンと言う事を思い出しました。

父  「ほう、確か私の娘がね、ファンなんだよ、そのチラシ一枚もらおうか」
配布人「ありがとうございます、今回の画集は気合が入ってますよ!」

リヤカーをコロコロ引きながらチラシに目を通すと、こんな事が書かれてありました。

父「なに、"マルグリット=ミールのデビュー20周年を記念した画集…"か、シルヴィアが欲しがりそうだな。」

しかし、シルヴィアの父は、ある一文を見つけてしまいました。

父「ん?なに、5万円?画集にしてはずいぶん高いものだな…さて、どうしたものか」

シルヴィアの父は、シルヴィアを愛していましたが、甘やかすのはいけないという信条があったため
高額の品をポンと買ってやるのは、あまり良い影響を与えないのではないか、と考えました。
ただ、娘の欲しがるものを無下に断るのもかわいそうだ、とも思いました。
そして父は、ひとつの方法を考えました。

父「まぁそれはそれとして、とりあえず、シルヴィアに見せてからだな」


シルヴィア「ほしい!!」

シルヴィアの父の予想通り、シルヴィアは大なる反応を見せました。

父     「ただ、あれだ、この画集は5万円だぞ」
シルヴィア「えっ…」

シルヴィアは、目を白黒させました。
金額の大きさもそうですが、お小遣いは既に使ってしまった事から、シルヴィアに支払い能力は皆無だったのです。

シルヴィア「出して…くれ…ない?」
父     「ダメだな」

シルヴィアの父はきっぱりと言いました。

シルヴィア「えー…ん、売り切れちゃうよ〜、出してよー」

シルヴィアはダメだと分かっていましたが、必死の訴えをしました。

父     「ダメだ、と言いたいが、ひとつ条件を出そう」
シルヴィア「え?なに?」

シルヴィアは目を輝かせました。

父     「あれだな、シルも、お金を稼ぐ大切さと言うのを学ぶべきだな」
シルヴィア「ん?」

シルヴィアの父はこう提案しました。

父     「5万の内4万はだしてやろう、残りの1万は、自分で稼ぐんだ」
シルヴィア「ええ、私が稼ぐの?どうやって?」

シルヴィアの父は、ニッと笑って言いました。

父「クレメンスだよ、私も昔はよくアルバイトしたもんさ」


「クレメンス」とは、フィオナ王国を母体とする、冒険者ギルドです。
民間人や民間企業の依頼を、フィオナ王国の事務局で受け付け、依頼達成条件や報酬額を決定し、末端であるクレメンスに発注
その依頼を、ギルドに登録している冒険者達が解決し、報酬を得ると言うシステムです。

かつては、危険度が高く、そして、それに見合った高額報酬の依頼がほとんどを占めていましたが
アルヴィン5世世代の頃より、依頼内容は徐々に軟化し
今では、「部屋の掃除の手伝い」など、報酬が低い代わりに、危険度も低い、と言った依頼も多く登録されています。
そのため、(今のシルヴィアのような)ちょっと手持ちが少なくなった学生達の小遣い稼ぎにも利用されています。


ラル    「で、シルヴィアも登録してみるの?」
シルヴィア「うん、だって1万稼げばいいんだし!」

クレメンスに登録にいく途中で、シルヴィアはラルと会っていました。

ラル    「でもさぁ、発売日まで3日しかないし、1万も稼げるのかなあ」
シルヴィア「いやだから、ラルも登録してさ、5000円ずつ稼げば…みたいな」

ラルはぎくっとしました。

ラル    「あー!だからわざわざ私の家にきたの!ずるい!」
シルヴィア「そういうけどさぁ、ラルも欲しいでしょ画集!買ったら2人の物にしようよ」
ラル    「うぬー、もう!しょうがないなあ!登録するよ!」

シルヴィアは「してやったり」と思いました。

クレメンスは、フィオナ城の近くにあります。
フィオナ城は、ゴシック建築の「芸術的な城」と言った容貌をしており、クレメンスの建物もそれを受け継いでいます。
入り口から受付までの廊下がピカピカと光って、昼間は電燈がなくてもまぶしい位です。
受付には美人の女性がおり、そこから左右にまた廊下が続いています。

シルヴィア「あの、私達、冒険者登録に来たんですけど」

シルヴィアは、ドキドキしながら受付の女性に言いました。
女性は、やわらかい物腰で言いました。

受付嬢「はい、ありがとうございます、では、まずこの案内書類をお受け取りください。
     今、係の者が参りますので、少々お待ちくださいませ」

2分か3分が過ぎてから、右側の廊下から、30代位の、笑顔の似合う男性が現われました。
固めの素材の服を腕まくりし、ハキハキとした口調が好印象です。

男性「いらっしゃいませ、では、お二人?ですね、こちらへどうぞ」

シルヴィアとラルは、男性について右側の廊下に入り、15メートル程歩いたところにある部屋に案内されました。

男性「ではおかけください、私は「チェスター」と申します、よろしくお願い致します」
シルヴィア「よろしくお願いします」
ラル    「よろしくお願いします」

チェスター「私どもクレメンスでは、お二人のようなお若い方から、腕利きの冒険者さんまで、広くお仕事を斡旋しております。
      毎日300を超えるご依頼の中から、ご自分でお仕事を参照し、決定されても良いですし
      私どもがお客様に適したお仕事を斡旋させて頂く事も出来ます。

      ただ、基本的に仕事でのミス、つまりお仕事を破綻させる事は、出来る限り避けたいと思いますので
      お客様には、クレメンスで設定しております、「冒険者ランク」と言うものをつけさせて頂いております。
      冒険者ランクが高いほど、より難度、そして報酬の高いご依頼を受ける事が出来ます。

      お客様の現在の職業や経験、そしてクレメンスでこなしたお仕事の内容によってランクは変動していきますので、こちらはご了承ください。
      さて、お二人は、今現在学生さんでよろしいですか?」

シルヴィア「はい、中学3年生です」
ラル    「あ、私は2年生です」

チェスター「分かりました、ありがとうございます、それでは、こちらのランク設定書類のアンケートに、マルバツ、もしくは短文でご記入ください。
      かなり設問が多くなっておりますが、正確なランクを決めるものですので、よろしくお願いいたします」

設問内容は、「趣味」や「得意な事」、「武術の経験」など、多岐に渡っていました。
チェスターは、記入されたアンケート用紙を、係の者に渡し、ランク設定が出来るまでの間、チェスターとシルヴィア達は話をする事になりました。

チェスター「なるほど、マルグリット=ミールの画集を買うために、こちらにいらしたわけですね」
シルヴィア「はい、私とラルがファンなんですけど、高くて」
チェスター「確かに5万円は高いですよね、それでお二人で買おうと言うことですか」
ラル    「一応4万円はシルヴィアのお父さんが出してくれるんですけど、後は二人で〜みたいな」
チェスター「そうですか、後3日ですもんね、この土日で1万稼ぎたいといった感じですかね」
シルヴィア「そんな感じです」
チェスター「それでは…そうですね、なるべく易しくて儲かると言ったらおかしいですが、そういう仕事を探しましょう」

チェスターは笑顔で言いました。

シルヴィア「あはは、よろしくお願いします」
チェスター「おっとランク書類が出来たようです」

チェスターは、係の人が持ってきた書類を受け取り、それに基づき、台帳から仕事を探して、二人に提案しました。

チェスター「シルヴィアさんは、とりあえず今日はですね、金物屋「マーウィン」の主人の代理と言うのがありますね。
       夜まで出掛けるため、その留守番です」

シルヴィアは意外な職種でキョトンとしました。

シルヴィア「はあ、金物屋ですか」
チェスター「それがですね、ただいま調べましたら、今日はちょっと難度の高いお仕事が多くて、学生さん向けのお仕事が少ないんです。
       これ以外ですと、魚屋「バグウェル」での魚のパック詰めと、後はラルさんの方のお仕事になりますが
       喫茶店「リリー」のウェイトレスとなりますが、どちらかと交換いたしますか?」
ラル    「それだったら私ウェイトレスがいいな〜、生のサカナいじるの嫌だし」

シルヴィアもそんなに生の魚をいじるのは好きではないし、ウェイトレスと言うのも柄ではないと思ったので、決定しました。

シルヴィア「分かりました、金物屋にします」
チェスター「ありがとうございます、報酬は…そうですね、日払いのほうが良いですよね。
       今回の定時は19時となっておりますので、終わり次第またクレメンスに寄って、報酬を受け取ってください」
シルヴィア「はい、お願いします」

シルヴィアとラルは、またクレメンス前で落ち合う事にして、仕事場へ向かいました。
金物屋「マーウィン」は、フィオナ城下町の西街にあります。
こじんまりとした小さなお店ですが、品揃えは良く、良く切れる包丁、多用途に使用できるハサミ、重量バランスの良い金槌など
街になくてはならない店として、誇らしく品物が並んでいました。

マーウィン「うちでは刃物を研ぐ仕事もしてるんだが、嬢ちゃんには危ないからね。
       とりあえず販売だけしておくれ、バーコードのポスシステムだから楽だと思うけどな。
       それじゃ、任せたよ、夜には帰るからね」

評判の良い金物屋とあって、結構な客の入りがあり、シルヴィアはせっせと働きました。
そして18時を回り、定時まで後1時間となりました。
この時間になると客足も途絶え、シルヴィアは店の前をほうきで掃きながら一息つきつつ、考えました。

シルヴィア「お金稼ぐのって大変だな〜…ラルは大丈夫かな…」

そう考えていると、また一人の客が現われました。
その客は、大剣を携えた、シルヴィアと同い年位の、若い剣士でした。

シルヴィア「あ、いらっしゃいませ!」
剣士    「あ、うん…あれ?親父さんは?」
シルヴィア「あ、えーと今日は夜まで戻りません、で、私が留守を預かっています」

剣士の男の子は、ちょっと困った顔をしながら言いました。

剣士    「ありゃーまずいなあ、剣研いでもらおうと思ったんだけど…ねえ、アンタは研げないの?」
シルヴィア「えーと、実は私販売だけ任されてて…急ぐんですか?」
剣士    「うん、これから仕事なんだけどさ」

男の子は、剣を鞘からスラッと抜きました。
シルヴィアは少しびくっとしました。

剣士「ここの刃渡りの中腹がさ、なんかちょっと切れにくくて困ってるんだよね。
    まいったなー、これじゃ仕事も危ないし…俺死ぬかも」

シルヴィアは、死ぬかもと聞いて、びっくりしてしまいました。

シルヴィア「し、死ぬかもって、そんなに重大なんですか!?」
剣士    「あ、いや、冗談って言うか、まあ困ってるけど…」
シルヴィア「分かりました、私研ぎます」

男の子は、自分の冗談が効きすぎてしまったと後悔しながら言いました。

剣士    「え、いや、いーよいーよ、危ないし」
シルヴィア「良くないです!さぁ入って入って」

シルヴィアは、家の包丁位なら研いだ事があるので、同じようなものだと考えることにしました。

シルヴィア「えーと砥石は…あった、それじゃ、剣貸してください」
剣士    「えーあーうん、大丈夫?」
シルヴィア「がんばります」

シルヴィアが重い大剣を必死にシャカシャカ研いでいるのを見ていて、剣士の男の子はなんだか照れくさくなってしまいました。

剣士    「あーねえ、アンタ名前なんて言うの?」
シルヴィア「シルヴィアです、シルヴィア=オールディス」
剣士    「そっか、良い名前だね、俺はスチュアート=アストンって言うんだ。
        シルヴィアさんも、もしかしてクレメンスの冒険者登録してるの?」

シルヴィアは、「この人も登録してるんだ」と思いつつ答えました。

シルヴィア 「うん、今日登録したんですけど、これがはじめての仕事です」
スチュアート「あれ、そうなんだ…ごめんね、最初の仕事で変な事頼んじゃって」
シルヴィア 「大丈夫です、お金欲しいし、それなりの事しなきゃ…イタッ!」

シルヴィアは、右手の人差し指を少し深く切ってしまいました。

スチュアート「うあ、大丈夫!?」

スチュアートは、持っていた布で人差し指の出血を止め、傷薬を塗り、包帯を巻いてあげました。
シルヴィアは手が触れ合って、なんだかドキドキしてしまいました。

シルヴィア 「あ、ありがとうございます」
スチュアート「ふー、よし、結構血出ちゃったけど大丈夫だと思う、ごめんね本当。
        でもあれだね、良く切れるようになったみたい、ははは…いやごめん」
シルヴィア 「あはは」
スチュアート「うん、何か、シルヴィアさんってあの人みたいだなあ」
シルヴィア 「あの人?」

スチュアートは少し間を置いて話し始めました。

スチュアート「俺さ、小学生の頃、病気で、高熱で結構死に掛けたんだよね。
        で、姉さんが、クレメンスに、俺を助けてくれーって依頼して、応じてくれたのが、「ロレイン=ハートソン」って人でさ
        その人は別な依頼を受けてたみたいなんだけど、それを放り出して俺を助けてくれたわけ。
        で、なんか、シルヴィアさんも、そういうタイプなのかなーって思っちゃったよ」

シルヴィアは、そんなに立派な事をしたつもりはないので、恥ずかしくなってしまいました。

シルヴィア 「あはは、私はそんな立派じゃないけど、うん、人のために役立てたら良いなとは思います」
スチュアート「あはは殊勝だね、まあ俺も、そう思って冒険者になったんだけどね。
        ロレインさんみたいに、誰かを救える人になれたら良いなとは思うよ」
シルヴィア 「うん、きっとなれますよ」
スチュアート「お互いがんばろーみたいな?」
シルヴィア 「あはは、そうですね」
マーウィン 「やあ、ごめん嬢ちゃん、遅くなっちまった!あ?スチュアートじゃないか、どうしたい」

シルヴィアとスチュアートはビクッとしました。

マーウィン 「あ、嬢ちゃん怪我してるじゃないか、販売だけって言ったのに、スチュアートが何かしたか?」
スチュアート「あ、いや…まあ」
シルヴィア 「スチュアートさんは悪くないですよ!…ん?遅くなったって今何時ですか?」

マーウィンは腕に巻いてある時計をチラッと見て言いました。

マーウィン 「20時30分だ、こりゃ残業代払わにゃイカンかな?ははは」

時間を聞いて、シルヴィアとスチュアートは凍りつきました。

シルヴィア 「ラルが待ってる!」
スチュアート「仕事に間に合わない!…あ、これ代金ね!」

二人はバタバタと支度をして、店を出ました。

シルヴィア 「じゃあ、またどこかで会いましょう!」
スチュアート「うん、またどこかでね!」

シルヴィアは、全速力でクレメンス前へと向かいました。

ラル    「おーそーいー!」
シルヴィア「ご、ごめ…はぁ、はぁ」
ラル    「もー1時間待ったよ!早くお金もらお!」
シルヴィア「うん、ごめんね、早くもらって帰ろう」

クレメンスに入ると、チェスターが迎えてくれました。

チェスター「遅かったですね、どうかしましたか?」
シルヴィア「あ、いや、色々ありまして…」
チェスター「おや?お怪我をされていますが、大丈夫ですか?」
ラル    「あ、ほんとだ、どうしたの?」

シルヴィアは人差し指の包帯を見て、スチュアートの事を思い出し、少し赤面しました。
スチュアートの事は包み隠し、刃物を研いでいて切ってしまった、と説明しました。

チェスター「なるほど…申し訳ないのですが、クレメンスでは簡単な依頼の場合、労災と言うのはないので、怪我などは気をつけてくださいね」
シルヴィア「はい、ありがとうございます」
チェスター「それでは、これが本日の報酬となります、お受け取りください」
シルヴィア「ありがとうございます」
ラル    「ありがと〜ございます」

報酬は、二人合わせて1万2000円となりました。

チェスター「次回お仕事をお求めの際は、またクレメンスにお寄りくださいませ。
       お二人の担当は私になりますので、よろしくお願いいたします」



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