ヴィヴィア=エアハートが、シルヴィアとラルを襲った盗賊を捕まえてから、1年半の月日が経っていました。
シルヴィアとラルを救ったその時から、ヴィヴィアは、「騎士になりたい」と言う思いを抱き
それまで特に目標もなく生きてきたヴィヴィアにとって、自らの「道」を見出した気持ちになり
また、時が経つにつれ、その気持ちが強くなってゆくのを感じていました。

ヴィヴィアが、フィオナ王立高等学校「へーリアデス」に入学した時
その思いのたけを、父親であるディヴィ=エアハートに、思い切って告白する事にしました。
ヴィヴィアは、自宅の2階にある自分の部屋で、子供の頃から大事にしている
体高50cmのカメのヌイグルミに向かって「行って来るね」と挨拶して、1階に居る(はずの)ディヴィに会いに行きました。

ディヴィは、リビングのソファーで、雑誌を読んでいました。
ヴィヴィアは、2階の自分の部屋から、リビングへ続く階段を緊張しながらトントンと降り
そして、ディヴィの隣にちょこんと座り、声をかけました。

ヴィヴィア「あの、お父さん」
ディヴィ 「ん?なんだい?」

ディヴィは、普段見せない神妙な顔をしたヴィヴィアを見て、少し姿勢を正しました。

ヴィヴィア「あのね、私、騎士になりたいの」

ディヴィは、フィオナ王国騎士団第5隊副長と言う身分から、娘のこの発言は
嬉しくもあったのですが、騎士と言う職業の重責さから、簡単に賛成出来る物ではありませんでした。
ディヴィは、目の前にあった机に雑誌を置き、ゆっくりとヴィヴィアに諭すように話しました。

ディヴィ 「ヴィヴィ、分かっていると思うが、騎士と言うのは、誰かを殺す事が仕事でもあるんだよ?
      それに、殺される事だってある、私はヴィヴィに誰かを殺させたり、死なせたくはないんだ。」

ヴィヴィアは、少し間を置いて話しました。

ヴィヴィア「うん、それは分かってる、でも、私ね、自分の将来って全然考えた事がなかったの。
      1年半前、ラルって言う子を追いかけてた盗賊を捕まえた事があったよね?」
ディヴィ 「ん?ああ、うん、ヴィヴィが捕まえたって聞いて、あの時は驚いたな」
ヴィヴィア「それでね、私、それから、誰かを守るために生きたいって思うようになったの。
      お父さんも、沢山の人を守ってきたんでしょ?だから、私もそうなりたいの。
      こういう、何かになりたいって言う気持ち初めてで、だから叶えたくて…」

ディヴィは、かつて自分が騎士を目指した時と同じ気持ちが、ヴィヴィアにもあると知り
また、同時に、その思いを誰かに語る時、既にそれは不退転の覚悟を持っている物だと知っていたため
これ以上説得しても、ヴィヴィアの気持ちが動く事は絶対にないと悟りました。
そしてディヴィは、仕方なく言いました。

ディヴィ 「そうか…分かった、ただし、二つ約束してほしい」
ヴィヴィア「ん、何?」
ディヴィ 「剣を振るう時は、誰かのために振る、そして、絶対に死なない事、この二つを約束してくれ」
ヴィヴィア「うん…分かった」

ヴィヴィアの顔に、笑顔が戻りました。

ディヴィ 「ああ、そう、すまない、それともう一つ、大学は行っておいてくれ。
      騎士は、一応高校卒業時から応募は可能なんだが、大学には「騎士科」があってね。
      そこで2年学べば、騎士の事はおおよそ分かるようになっているんだ。
      高校卒業時に騎士になったとすると、全てガチンコで学ぶしかなくて、凄く苦労するからね、そこは承知してほしい」

ヴィヴィアは、「騎士科」と言う存在を初めて知りました。

ヴィヴィア「そうなんだ、お父さんも騎士科を出たの?」
ディヴィ 「うん、私もステュークス大で2年学んだんだ、騎士科なら2年で卒業出来るからね。
      現職の騎士の、そうだな、7割か8割は騎士科卒業なんじゃないかな」
ヴィヴィア「そっか、分かった、約束する」

そしてディヴィは、ヴィヴィアに、ある人物を紹介しようと思いました。

ディヴィ 「うん、そうだ、ヴィヴィ、今週の日曜日だが、予定は空いているかい?」
ヴィヴィア「ん?うん、特に何もないけど」
ディヴィ 「それじゃ、私の知人を紹介したいんだが、構わないかい?」
ヴィヴィア「んん?うん、良いけど、私の知ってる人?」
ディヴィ 「はは、まぁ、会えば分かるよ」

その夜、夕ご飯の時間に、ヴィヴィアは、母エルヴィラにも自分の思いを話しました。
娘の決意に、ショックを受けたエルヴィラですが、ヴィヴィアのまっすぐな思いを打ち明けられ
また、ディヴィの後押しもあり、首を縦に振るしかありませんでした。
ただ、エルヴィラも、ディヴィの勇敢さが娘に宿っていると知り、誇らしくもありました。

そして日曜日のお昼頃、ヴィヴィアは、ディヴィと一緒に、自宅から少し離れた公園「ハンナ」へと来ました。
ハンナは、外周7km程の大きな公園で、色々な遊具や広場があり、子供から老人まで広く利用されています。
売店や休憩所も数多くあるため、朝食や昼食を、ハンナで摂る人も珍しくありません。
ヴィヴィアとディヴィは、ディヴィの知り合いが居ると言う、ハンナの西側にある、第3広場へ向かいました。
第3広場の入り口に着くと、ディヴィは辺りを見回し、ベンチに座ってポッポバトの大群にパンをあげている、背の高い男性に声をかけました。

ディヴィ「ウィンセント隊長!」

瞬間、ポッポバトは声に驚き、大半が飛び去ってしまい、ヴィヴィアも、「隊長」と言う言葉にうろたえてしまいました。
ウィンセントと呼ばれた男性は、どう見てもディヴィより15歳以上は年下に見えたので
副長である父親より、若い隊長?と、瞬時に頭の切り替えが出来なかったのです。
ウィンセントは、舞い上がるポッポバトの羽を振り払いながら言いました。

ウィンセント「ディヴィ様、隊長はやめてください、私はあなたより18歳年下なのですから」
ディヴィ  「はは、身分に年齢は関係ないよ、君が隊長、私が副長、これは揺ぎ無い事実だ」
ウィンセント「いえもう…はは、かないませんね」

ヴィヴィアは、きょとんとしていましたが、それを見たウィンセントが言いました。

ウィンセント「こちらがディヴィ様のお嬢様ですか?美人ですね」
ディヴィ  「この子は妻似だからね」

ヴィヴィアは、自分より10歳程年上の男性に「美人」と言われ、恥ずかしくなり、顔を赤らめてしまいました。

ディヴィ  「さて、ヴィヴィも気になっているようだから、改めて紹介しようか。
       ウィンセント=プレザンスは、私の所属している第5隊の隊長なんだ」
ウィンセント「ヴィヴィさん?ですか?ウィンセントです、よろしく」

ウィンセントは、笑顔で握手を求めました。

ヴィヴィア 「あ、えと、ヴィヴィアです、よろしくお願いします」

ヴィヴィアは、おずおずと握手しました。
ウィンセントが人当たり良くニコニコとしているので、ヴィヴィアはホッと緊張を緩めました。

ディヴィ  「元々第5隊の隊長は、ドゥエインと言う、とても勇猛な男だったんだ。
       私もウィンセントもそうだが、皆、彼を慕って、彼を中心に隊が回っていたんだよ」
ウィンセント「ええ、ドゥエイン様はとても良い方でした」

ディヴィとウィンセントが、物悲しい表情を見せたので、ヴィヴィアは恐る恐る聞きました。

ヴィヴィア 「えと、もしかして、そのドゥエインって人は…」

ディヴィはハッとなり、言葉を続けました。

ディヴィ  「ああ、すまない、そう、ヴィヴィが思う通り、彼は戦死してしまってね。
       それからは、このウィンセントが隊長になったんだよ」
ウィンセント「元々は、ディヴィ様が隊長になられるはずだったんですよ。
       でも、ディヴィ様は副長に留まる事を志願してね、代わりに、若輩ながら、私が隊長になったのです。
       だから、今、本当の意味で第5隊の中心になっているのは、ディヴィ様なんだよ」
ディヴィ  「はは、いや、私はどちらかと言うと、No2の肩書きの方が性に合っていてね。
       それに、ドゥエインが戦死したレジーナ戦の時、私達第5隊は、隊長を失った事で浮き足立ってしまったんだ。
       その時、ウィンセントが皆に檄を飛ばして隊をまとめてくれたから、皆かろうじて生き残れたんだ。
       それで私は、彼が新しい隊長に相応しいと感じてね、隊長に推薦する事にしたんだよ」

ヴィヴィアは、今ディヴィが生きているのは、ウィンセントのおかげと知り、感謝の念が絶えませんでした。

ヴィヴィア 「そうなんだ…ウィンセントさん、ありがとうございます」

ヴィヴィアは、深々と頭を下げました。
ウィンセントは、それを見て、手を振りながら言いました。

ウィンセント「いやそんな、大げさですよ、ディヴィ様の奇策がなければ
       皆あの場から逃げられませんでしたからね、こちらこそ、本当に感謝しています。
       ところで、ディヴィ様、今日私をここへ呼んだのは?」
ディヴィ  「そうそう、話し込んでて忘れるところだった、ヴィヴィ、今日はね、実際の騎士の剣と言うのを見てもらいたかったんだ」
ヴィヴィア 「え?騎士の剣?」

ヴィヴィアは、そう聞いて、ウィンセントをまじまじと見ましたが、剣らしき物はどこにも持ち合わせていませんでした。

ディヴィ  「剣と言っても、剣そのものじゃなくて、剣の腕だよ。
       ヴィヴィ、まずはこれを持ってごらん」

ディヴィは、紫色の袋に入れて持ってきた、木製の、刃渡り60cm程の摸擬刀を、ヴィヴィアに渡しました。

ディヴィ  「で、ウィンセントは…ああ、これで良いな」

ディヴィは、その辺りに落ちていた、長さ15cm程の、親指で折れる位細い木の枝を、ウィンセントに渡しました。

ディヴィ  「で、これで闘ってもらう」
ウィンセント「はは、それは冗談がきついですね」
ヴィヴィア 「ええ、これで?だって、木剣と枝だよ?」

ディヴィは、2人から少し離れて、ヴィヴィアの言葉を意に介さず言いました。

ディヴィ  「ウィンセントはね、不動剣の名手なんだよ」
ヴィヴィア 「ふど、不動剣?」
ディヴィ  「実際見てみれば分かるよ、ヴィヴィ、それで思いっきりウィンセントに斬りかかってごらん」
ヴィヴィア 「ええ、これで?危ないよ!ウィンセントさん枝だし!」
ディヴィ  「大丈夫大丈夫、ウィンセント、良いね?」

ウィンセントは、笑顔を見せて言いました。

ウィンセント「なるほど、そういう事でしたら分かります。
       ヴィヴィアさん、大丈夫ですよ、思い切り来てください」

ヴィヴィアは、大丈夫の根拠が分かりませんでしたが、もはや斬りかかるより仕方がない状況になったため
剣を上段に構えて、ウィンセントに「ごめんなさい」と思いつつ斬りかかりました。

ヴィヴィア 「も、もう、えええい!」

ヴィヴィアが剣を振り下ろす瞬間、ヴィヴィアは、触れてもいないウィンセントから、大気を震わせるような、ばく大な衝撃を感じ
まるで全身に電気が駆け巡ったかのような感覚に襲われ、力なくその場にペタッと座り込んでしまいました。
手足は若干痺れ、いつの間にか摸擬刀は、手からするりと落ちていました。
ヴィヴィアは何が起こったか分からず、目を白黒させました。

ヴィヴィア 「え?」

ウィンセントは、座ったまま立てずにいるヴィヴィアに、手を差し伸べました。

ウィンセント「大丈夫かな?立てますか?」
ヴィヴィア 「え、あ、はい…」

ヴィヴィアは、ウィンセントの手を取り、ゆっくりと立ち上がりました。
まだ足は少しフラフラしていましたが、ウィンセントに支えられて、何とか体勢を元に戻しました。

ヴィヴィア 「え、今のは、何?」
ディヴィ  「今のが不動剣と言ってね、フィオナ王国騎士団で教えられている剣術の心得の一つなんだよ。
       要するに「気合を入れる」と言う事なんだけど、ウィンセントのような名人になると、今のヴィヴィのように
       気合だけで相手を脱力させ、金縛り状態に出来てしまうんだ」

ヴィヴィアは、人間にそんな力がある事を知り、驚きを隠せませんでした。

ウィンセント「もっとも、ある程度場数を踏んだ相手には、中々効かないですけどね」
ディヴィ  「はは、その分振るい落としが効いて良いだろう?」
ウィンセント「ええ、無駄に相手を斬る必要もなくなりますしね」

ディヴィは、少し間を置いて話しました。

ディヴィ  「ヴィヴィ、騎士と言うのは、守りたいと言う気持ちだけでやっていけるものじゃないんだ。
       「強さ」を身に着けなければ、いつか必ず死んでしまう。
       今日はその事を分かってもらうために、ウィンセントと闘ってもらったんだよ。
       本当に騎士として生きていくつもりなら、強くなってほしい」

ヴィヴィアは、その言葉を重く、そして強く受け止めました。

ヴィヴィア 「うん…分かった、私強くなるよ」

そして、ヴィヴィアはウィンセントを見て言いました。

ヴィヴィア 「あの、それで、もし良かったら、ウィンセントさんに剣の師匠になってほしいです」

ウィンセントは、驚きました。

ウィンセント「ええ、私がですか?ディヴィ様の方が良いのでは?」
ディヴィ  「いや、うん、そうだな、実際剣の腕はウィンセントの方が私より上だしな。
       今からウィンセントに鍛えてもらえば、相当強くなるぞ、ヴィヴィは」
ヴィヴィア 「お願いします!」

ウィンセントは少し迷いましたが、ヴィヴィアのまっすぐな目を見て、心を決めました。

ウィンセント「分かりました、私で良ければお教えします」
ヴィヴィア 「やったー!」

それから、毎週末、ウィンセントは、ヴィヴィアに剣の指導を施し
ヴィヴィアがステュークス王立大学騎士科を卒業する頃には、ヴィヴィアは既に、騎士団トップクラスの剣の実力を身に着けていました。
ヴィヴィアが騎士団の第1隊に入隊して3年後、騎士団内の剣術大会の決勝戦で
ヴィヴィアは、師匠であるウィンセントを破る事になりますが、その時の試合は
剣をただの1合も打ち合う事なく勝敗が決まった、という話です。



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