フィオナ王国では、建国10周年ごとの春に、「フィオナ祭」と称した大規模な祭典が開かれます。
今年はフィオナ暦310年になり、シルヴィアとラルがフィオナ祭を経験するのは、これで2回目になります。

ただ、フィオナ暦300年のフィオナ祭が催された時は、ちょうどシルヴィアとラルが出会った直後の事で
メルとラルダン、そしてラル達一家の引越しの手伝い(とは言っても、シルヴィアはラルと遊んでいただけでした)をしていた事もあり
フィオナ暦300年のフィオナ祭には、ほとんど関わる事がなかったため、街が騒がしかった事は覚えていますが
実際にどういう事が行われているか、という事は知りませんでした。

元々この国に「フィオナ」と言う名前が付いたのは、実は、メリエル大陸にフィオナ王国が進出した後の事なのです。
「フィオナ」の前は、「エムブラースク」と言う国名で、メリエル大陸から数十キロの海を挟んだ対岸にある
「ガードルード大陸」に、エムブラースクは存在していました。

ガードルード大陸では、数百年もの間、エムブラースクとアルダスが覇権を争っていましたが
それにより大陸の資源は枯渇し、戦争どころか、国民の生活を維持する事すら困難になりました。
そこで、両国はやむなく休戦、同盟をし、資源の豊富なメリエル大陸に進出する事を決定し、全国民を連れて移住をしたのです。

しかし、メリエル大陸には、ベリンダ、ザンティピーと言う、強大な勢力を持つ先住民が居たため
エムブラースクとアルダスの両国は、多大な犠牲を出しながらの、かろうじての建国をする事になります。
その建国の背景には、エムブラースクとアルダス同盟軍の騎士、特にその中の7名の「セブンスナイト」の活躍が非常に大きく
エムブラースク出身の、セブンスナイト最強と称えられた女性騎士「フィオナ=ルティエンス」の名前を冠し
エムブラースクは、国名を「フィオナ」と改める事にしました。

メリエル大陸侵攻時、フィオナとアルダスは密な共同体制を取っていたのですが、ある時を境に、両国は決定的に分裂する事になります。
その理由は、もはや誰も知る者は居ないとされており、フィオナ、アルダス共に、さまざまな推測、憶測を元として、当時の資料を断片的にまとめていますが
結局、両国の政務官は、自国にとって都合の良い様に資料を改ざんしており、もはや信憑性はどこにもありません。
ただ、その中で一人、現在のアルダス王、ウィリアム=ディトワール=オドワイヤーだけは、何らかの手段で歴史の闇を知る事が出来たようです。
彼は、温厚な平和主義者ですが、オドワイヤー家とアルダスの意地と誇りにかけ、メリエル大陸の覇権を狙い続けています。

話は元に戻りますが、フィオナ祭では、フィオナ王室とフィオナ王国騎士団、そしてクレメンスが主体となり
街中の飾り付けや、一般企業の飲食店の、出店のスペースの誘致などを1ヶ月かけて行い、祭典自体も、3週間続きます。
フィオナ王国騎士団員が、エムブラースク時代の、騎士団の模造品の衣装をまとい、音楽隊と街を踊り歩いたり
マルグリット=ミールやブランドン=マクレランを始めとした、芸術家達の作品を一般の商店に貸し出して飾ったり
飲食店とその出店が競って値下げをし、格安で沢山おいしいものを食べられるようにしたり
ジパンからハナビ職人を招待して、連日ハナビを打ち上げたりと、3週間の間、街は大盛況になります。

街の教会では、エムブラースク時代の神話や、セブンスナイトの活躍などを
教会の司祭や修道士、そして王室の政務官が出向き、お話をしています。

シルヴィアとラルは、フィオナ城の近くにある、「アーリオン教会」に、お話を聞きに行く事にしました。
シルヴィアの両親は、レストラン「ブラックソーン」を始めとした、フィオナ中の飲食店への野菜の納品が忙しくなり
ラルの両親は、ラルダンはともかくとして、メルは「羽が目立って恥ずかしい」と言う理由で
フィオナ祭の3週間の間、なるべく家から出ない事にし、ラルダンもそれに付き合う事にしたようです。
学校が春休みと言う事もあり、シルヴィアとラルは、この3週間を、2人で自由気ままに満喫する事に決めたのです。

アーリオン教会は、フィオナ城下町のメインストリートを、まっすぐ歩いた先にあります。
シルヴィア達の家から徒歩で30分と言う所ですが、途中で飾り付けのモールをいじって遊んだり
特に用事のない商店に入り、飾ってある無名の画家の絵を見て「この画家は伸びる」などの寸評をして回るなど
遠回りをしつつの歩きとなったため、アーリオン教会に着くまで、2時間も掛かってしまいました。

アーリオン教会は、周りの建物と比べて、取り立てて大きい訳ではなく、真っ白い色をした簡素な作りの建物なため
普段はあまり存在感がありませんが、今は飾り付けがされ、赤、黄、青、緑と、とてもカラフルになっています。
入り口からちょっと顔を出して中を見てみると、既に司祭がお話をしており
設置してある、20個程ある長さ2メートルの長椅子は、既に来訪者で満席となっていました。

シルヴィアとラルは、「遊んでないで早く来れば良かった」と反省しましたが
せっかくここまで来たのだから、中で立って聞こうか、と思い、中に入ろうとしましたが
その時、背後から声がしました。

??「あー、君達、ちょっと尋ねたいんだが」

シルヴィアとラルは、突然話しかけられて、ビクッとしてしまいました。
後ろを振り返ると、180cmはある長身に、白い肌に長い銀髪、ルビー色の鋭い目をした、20歳後半から30歳位の男性が立っていました。
普通の人と違う雰囲気に、シルヴィアとラルは無言で警戒しましたが、男性は続けました。

??「驚かせてすまないが、君、そう、赤い髪の君、もしかしてザンティピー人かね?」

ザンティピー人かと聞かれ、ラルは一瞬何の事か分かりませんでしたが
自分が人間と悪魔とのハーフという事を思い出し、答えました。

ラル「あ、え、と、私人間と悪魔のハーフですけど、ザンティピー人?ではないと思いますけど…」
??「悪魔?」
ラル「はい、ママが悪魔で…」

ラルが困っているのを見て、シルヴィアが割って入りました。

シルヴィア「あの、ラルはフィオナ人です、ザンティピーとは何の関係もないですよ。
       ラルのお母さんもフィオナで育ったから、フィオナ人です!」
??    「…そうか、それはすまないね、そうか、フィオナ人だったか、失礼したね。
       フィオナ祭の最中に、ザンティピー人がフィオナをウロウロしていては
       誰に目を付けられるか分かったものではないからね、危ないと思ったんだよ」

シルヴィアは、この男性が、ラルを「悪魔」ではなく「ザンティピー人」と言っているのを聞いて、少し不思議に思いました。
ラルとメルに出会った後、周りの人々は、今は既にラルとメルを受け入れていましたが
種族的には、「悪魔」として認識しており、「ザンティピー人」と呼ばれた事は、今まで一度もなかったのです。

シルヴィア「あの、失礼ですけど、あなたは?」

男性は、ハッとして言いました。

??    「ああ、これはすまない、私はブラッドリー=ミルズと言ってね
       一応、フィオナ騎士団の第1隊の隊長をしているんだよ。
       そういう事で、まあ、怪しいものじゃない」

シルヴィアとラルは、騎士団の隊長と聞いて、ぽかーんとしてしまいました。

ブラッドリー「ところで、興味深いが、君は「悪魔」なのかね?」

ラルは、改めて問われたこの質問に、戸惑いました。
もじもじしていると、ブラッドリーはそれを察したのか、続けて言いました。

ブラッドリー「いや、ここじゃなんだね、向こうに広場があるが、そこで話をしないかね?
       この教会も、もう満席のようだし、立って司祭の話を聞くのも疲れるだろう?」

シルヴィア 「あ、はい、えーと、ラルどうしようか、話してみる?」

ラルも、自分を「悪魔」と呼ばなかったブラッドリーに興味があったので、従う事にしました。

ラル    「え、うん、じゃあ、行きます」

そうして3人は、教会を後にし、近くにある広場へ向かいました。
この広場は、「バベット公園」と名前が付いており、50メートル四方の小さいスペースに木のチップが敷き詰められ
テーブルとベンチのセットが3つあるだけの、「公園」と呼ぶには少し大げさで、「休憩スペース」と言った感じでした。

ブラッドリーは、テーブルとセットのベンチに、シルヴィアとラルをエスコートし座らせ
自分はそれに向かい合う形で、ベンチに座りました。
バベット公園に来る途中、ブラッドリーは、出店で「オコノミタッコ」を2人前買っていたため
それをシルヴィアとラルに勧めました。

シルヴィア「あ、すみません、ありがとうございます」
ラル    「ありがと〜ございます」

ブラッドリーは、テーブルの上に腕を乗せ、顔の前で指を組む姿勢で、オコノミタッコを食べる2人を見ていました。

ブラッドリー「このオコノミタッコと言う食べ物は、ジパンの西の方にある街の名物でね
       専用の粉を水に溶き、野菜とタッコを入れて焼くんだ。
       普通の小麦粉でも作れる事は作れるそうだが、やはりジパン製の専用の粉の方が出来が良いらしいね」
シルヴィア 「へー、そうなんですか」

ブラッドリーは、おいしそうにオコノミタッコを食べる2人を見て、少し満足げな笑みを浮かべました。

ブラッドリー「さて、話を蒸し返すようで申し訳ないが、君は自分の事を「悪魔」と言ったが
       自分で「悪魔」と思っているのかね?」

ラルは、ブラッドリーに、自分のしっぽを見せながら言いました。

ラル     「ええと、私しっぽ生えてるし、ママも悪魔だし、「悪魔」だと思ってたんですけど、違うの?」
シルヴィア 「私も、ラルはフィオナ国籍だけど、種族的には人間と悪魔のハーフだと思っていました。
        もちろん、ラルもラルのお母さんも人間と変わらない心を持ってるし、人間と同じとは思ってますけど」

ブラッドリーは、くぐもった声で「うん」とつぶやいて言いました。

ブラッドリー「元々ね、この大陸には、「悪魔」なんて存在しないんだよ。
        今君…ええと、名前は何て言ったかね?」
シルヴィア 「あ、シルヴィアです」
ブラッドリー「そう、シルヴィア君ね、今君は、「人間と変わらない心を持っている」と言ったが
        人間を人間たらしめるものは、その「心」なんだよ、人間と同じ心を持っているが、人間ではない。
        そう言った理論は、矛盾を感じないかね?」

シルヴィアは、そう言われて、少し考えてしまいました。

ラル     「うーん、でも、普通の人には、しっぽとか生えてないよ?」

ブラッドリーは、指を組み替えて言いました。

ブラッドリー「うん、確かに、しっぽを持っている人は少ないだろうね。
        ただ、考えてみたまえ、君が考える「人間」も、肌の色が違ったり、体の大きさが違ったり
        顔の造形の違い、毛髪の色の違い、男女で持っている器官の違いもあるね。
        たとえ双子でも、成長するに従って確実に身体的な違いは出てくるだろうね。
        君のしっぽも、その「違い」の一つであると考えてみたらどうなるかね?」
ラル     「うーん、そう言われると」
シルヴィア 「えーと、ブラッドリーさんは、ラルは人間って思ってる、んですよね」
ブラッドリー「いかにも、その通り」
シルヴィア 「それじゃ、ザンティピーの人達も、悪魔ではなく、人間、なのでしょうか?」
ブラッドリー「そうなるね」

シルヴィアは、疑問に思った事を聞いてみる事にしました。

シルヴィア 「それじゃ、「悪魔」って何なのかな?って思っちゃうんです。
        あの、ラルとラルのお母さんが城下町に引っ越して来た時、皆凄くラル達を怖がったんです。
        同じ人間なら、そんなに怖がる必要もないですよね」

ブラッドリーは、一呼吸置いて話しました。

ブラッドリー「うん、シルヴィア君は、フィオナ=ルティエンス達、初代セブンスナイトの事は知っているかね?」

シルヴィアは、ちょっと話が飛んだ気がして意外でしたが、答えました。

シルヴィア 「うーん詳しくは、ただ、とても強い7人の騎士が、ベリンダとザンティピーの人達と戦って
        フィオナとアルダスを建国したって事は、歴史の授業で習って知ってます」
ブラッドリー「うん、まあ大雑把には正しいね。
        初代セブンスナイトの母体は、フィオナ…ああ、現フィオナのエムブラースクとアルダスの連合軍だが
        ガードルード大陸から、このメリエル大陸に侵攻する時は、ちゃんと「ベリンダ人とザンティピー人と戦う」、と言う言葉を使っていたんだよ」
シルヴィア 「悪魔とは言わなかった?」
ブラッドリー「その通り、ただベリンダ人は、早期に戦いを放棄したから、実質的に連合軍は、ザンティピーとしか戦わなかったんだ。
       ただ、その戦争中に、連合軍は、ザンティピー人を「悪魔」と呼び始めたんだよ」
ラル     「なんで?」
ブラッドリー「それはね、連合軍とセブンスナイトは、「悪魔」になりたくなかったからなんだね」

シルヴィアとラルは、ブラッドリーの言葉が飲み込めませんでした。

シルヴィア 「悪魔になりたくない?」
ブラッドリー「考えてみてごらん、連合軍は、国民の存亡のためとは言え、罪のないザンティピー人を殺しに殺した。
       特に、連合軍の代表格であるセブンスナイトは、沢山のザンティピー人を殺した、だから、罪の意識がとても強かったんだ。
       罪の意識から逃れたい、許されたい、そんな時、セブンスナイト達を救った、一つの共有意思があった。
       「ザンティピー人を悪魔と呼び、自分達が行っている事は正義」、そう思う事にしたんだ。
       自分達の悪魔的所業から目を逸らし、ザンティピー人を悪魔と呼ぶ事で、自分達は悪魔にならずに済む、そう考えたんだね」
ラル     「何だかひどいね」
ブラッドリー「ザンティピー人を「悪魔」と呼ぶのは、その名残なんだよ。
       その言葉だけがいつまでも残って、ザンティピー人は訳も分からず怖いものと言う意識が出来てしまった。
       だから、ザンティピー人を怖がってしまうのは、まあフィオナとアルダスの悪い風習だね」

シルヴィアはやっと話が飲み込めましたが、一つ不安に思いました。

シルヴィア 「何だか、フィオナとアルダスの方が悪魔なのかなって思っちゃったんだけど、違いますよね」
ブラッドリー「それはどうだろうね、今フィオナ人とアルダス人が、ザンティピー人を悪魔と呼んでいるように
       ザンティピー人も、もしかしたらフィオナ人とアルダス人を悪魔と呼んでいるかもしれない、それは否定出来ないね。
       でも、シルヴィア君は、ラル君とラル君のお母さんを悪魔とは思わなくなったろうね?」
シルヴィア 「はい、あ、でも、ザンティピー人じゃなくって、フィオナ人の人間でって事で、ですけど」

ブラッドリーは、笑みを浮かべました。

ブラッドリー「うん、良いね、今出来るのは、そうやって少しずつ理解を広めていく事しか道はないんだよ。
       だからラル君も、自分を悪魔だと思ってはいけない、お母さんもね」
ラル     「うん、分かった」
ブラッドリー「…ただね」
シルヴィア 「え?」

ブラッドリーは、うつむいて、ルビー色の目を少し曇らせて言いました。

ブラッドリー「ただね、世の中には、本当に「悪魔」と呼ぶしかない存在もあるんだよ」
ラル     「え、どういう事?」

ブラッドリーは、「しまった」と言う顔をして言いました。

ブラッドリー「いや、すまないね、こっちの話だよ、私はそろそろ行くが、2人共ずっと仲良くね」
シルヴィア 「え、あ、はい」

ブラッドリーは、スッと立ち上がり、席を後にしようとしました。
しかし、何かを思い出し、ラルにたずねました。

ブラッドリー「ところで、会った時から気になっていたんだが、ラル君のお母さんはラヴィニア族かね?」

ラルは、きょとんとしました。
他人から「ラヴィニア族」と言う言葉を聞いたのは、2年前、ブライアン=コールフィールドと出会った時以来なのです。

ラル    「え、うん、そうだけど、何で?」

ブラッドリーは、それを聞いて、少しためらいましたが、言いました。

ブラッドリー「ずっと後の事になると思うが、もしかしたら、本当の「悪魔」が
        君と、君のお母さんを狙う事になるかもしれない。
        その時は、私も全力で「悪魔」を止めるが、もしもの時は、「悪魔」に見つかる前に、他の国へ逃げてほしい」
シルヴィア 「どういう事ですか?」
ブラッドリー「すまないね、これ以上言う事は出来ないんだ。
        不安にさせてしまって申し訳ないが、分かってほしい」

ブラッドリーが真剣な目でシルヴィアとラルに訴えたため
シルヴィアもラルも、これ以上は聞けませんでした。
そしてブラッドリーは、申し訳ない表情を浮かべながら、その場を後にしました。
シルヴィアとラルは、ブラッドリーの姿が見えなくなるまで、無言で見送っていました。

ラル    「本当の悪魔ってなんだろう?」
シルヴィア「うーん、分からないけど、何か怖いね」

帰り道、エムブラースク時代の衣装を身にまとった騎士の人達が
城下町のメインストリートで、音楽隊と、一般の人達と一緒に踊っていたため
シルヴィアとラルもそれに混じり、リズムに乗りながらの家路となりました。

ブラッドリーと出会ったことは、不安もありましたが、嬉しくもありました。
騎士団の中の、隊長格の人が、ラルとラルの母親を「人間」と見ていると言う事が分かったからです。
シルヴィアとラルは、大きな味方を得た気がしました。

しかし、10年の後、ブラッドリーと対立する事になる事を、この時、シルヴィアは知る由もありませんでした。



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