クレメンス所属の冒険者、スチュアート=アストンには、憧れている人が居ました。

スチュアートは、今の、誰とでも友達になれる開放的な性格からは考えられない程、子供の頃は人見知りで
家族以外の人とは、ほとんど口を聞いた事がない時期がありました。
そんな彼が、冒険者となったのは、「ある人」の存在が大きかったのです。

アストン家は、父エルヴィスと、その妻フラニー
2歳年上の姉シャルロット、そしてスチュアートの4人家族です。

エルヴィスは、ステュークス・フィオナ王立大学で文学を専攻し、現在は、一角の小説家としての地位を確立しており
フラニーは大学時代の同級生で、同じ分野を勉強した良き理解者であり、切磋琢磨したライバルでもあります。
姉のシャルロットは、スチュアートの事を「スーチ」と呼び、とても仲の良い姉弟なのですが
スチュアートとシャルロットは常に一緒に居たため、スチュアートは、自分と同じ歳の子供と遊ぶ機会に恵まれず
家族に依存した、人見知りで内向的な性格になってしまいました。

スチュアートが、フィオナ王立ウーラノス小学校に入学した時、彼はとても戸惑いました。
今まで「友達」という物を作った事がないスチュアートは、同い年の子供とどう接したら良いか分からず
毎日をマゴマゴと、無為に過ごす事しか出来なかったのです。

シャルロットは、自分のせいでスチュアートに友達が出来ないと言う事を悟り
スチュアートとは別の形で、シャルロットもまた苦しんでいました。
そして、スチュアートは一人の友達も作れないまま、入学してから最初の夏休みに入りました。

シャルロットは、落ち込んでいるスチュアートに気分転換をさせるべく、ピクニックへ連れ出す事にしました。
朝早くから、母親のフラニーと共に、スチュアートの好きなおかずを詰めたお弁当をこしらえ
それが終わると、部屋で寝ているスチュアートを起こしに行きました。

スチュアートは、夜が寝苦しかったのか、パジャマのボタンをはだけて
半裸に近い状態で寝ていたため、シャルロットは少しドキッとしましたが、すぐに平静になり
スチュアートの右頬を、左手の手のひらで軽くペチペチと叩きました。

シャルロット「スーチ、起きて!」
スチュアート「ん、んん?」

スチュアートは、目をこすりながら、ゆっくりと体を起こし、シャルロットの姿を確認して答えました。

スチュアート「ん、何?」
シャルロット「今日これからね、少し遠くに遊びにいきましょ!」

スチュアートは、眠さとダルさで面倒くさくなっていましたが
シャルロットが、2人分のお弁当箱をスチュアートの目の前に突き出したため
「せっかく作ってくれたんだし」と思い、それに応える事にしました。

トイレで用を足し、洗顔をして、着替えを済ませ、パンとプリンと牛乳の軽い朝食を摂ると
パンクズが乗ったお皿をシンクに持って行く前に、シャルロットにグイと腕を引かれ、そのまま急ピッチで家の外に連れ出されました。
スチュアートの腕を引いてズンズンと城下町を進んでいくシャルロットですが、スチュアートは疑問がありました。

スチュアート「ねえ、今日ってどこ行くの?」

シャルロットは、一瞬間を置いて応えました。

シャルロット「さあ、考えてないけど、とりあえず南?」

フィオナ王国城下町には、東西南北に合計16箇所の門があり、そこから
エーリアル地方やアッシュ高原エルシー区などに続く街道が伸びています。

16箇所の門の内、4箇所の一際大きい門には、常時フィオナ王国騎士団の騎士が、交代で門番をしています。
残りの12箇所は、騎士が門番をする事もありますが、大抵は、クレメンスに登録している
小遣い稼ぎ目的の学生冒険者が、形だけの門番をしています。
シャルロットとスチュアートは、16の門の内、一番南にある「ベス」門へと向かいました。

ベス門は、4つある大門の内の一つで、そこからは、森林が美しい「コーデリア」地方へと道が続いています。
コーデリア地方では、木材を調達する土木・建築業や、製紙業、森で取れる特有の野菜やキノコなどの
苗や種、菌糸を集めてきて、ハウス栽培をする農業が盛んです。

シャルロットは、ベス門で門番をしていた、20歳位の若い騎士に声をかけました。

シャルロット「ねえ騎士さん、確かここからはコーデリア地方へ行けるのよね?何かピクニックに向いたところってある?」

騎士は少し考えて答えました。

騎士「そうねー、ここから一番近い森の中に「リネット」って大きい公園があるから、そこが良いんじゃないかしら?
    そこから奥の地方だと、土木業とか農業してるとこばっかりだしね」

シャルロットは、笑顔で返しました。

シャルロット「ありがと!そこ行ってみるね、スーチ、行きましょ!」

シャルロットは、スチュアートの腕をグイと引っ張って、ベス門から外に出ようとしました。
スチュアートは、バランスを崩しながらも、門番の騎士にちょっと頭を下げて、シャルロットに続きました。

騎士「気をつけるのよー」

ベス門から道なりに進むと、しばらくの間は、整備された石畳が続いていましたが
それも1キロ程の間の話で、そこから先は、木材や食物を運搬する車の無数のわだちが付いた、土の道が続きました。
小学生のスチュアートとシャルロットには、少々歩きにくい道でしたが
途中の道の分岐点の、「リネット公園・右2キロ」と書かれた看板に元気をもらい、進んでいきました。

リネット公園が程近くなると、コーデリア地方特有のつややかな草木が目に入り始め
リネット公園へ出入りする人とも会い、気さくにスチュアートとシャルロットに声をかけて来る人も居たため
2人はますます元気になり、小学生にとっては少し長い、フィオナ王国からの4〜5キロの道のりを踏破し
ついにリネット公園へとたどり着きました。

シャルロット「あーもう、やっと着いたね!」
スチュアート「うん、はー、ちょっと疲れたよ」

公園の入り口にあった時計を見ると、既に午後1時を指していました。

シャルロット「お腹空いたね、着いたばかりだけどお弁当にしようか?」
スチュアート「うん、あ、あそこで飲み物売ってるよ」

2人は、公園の売店で、120円で売っていたコーデリア麦茶を2つ買い、小高い丘でお弁当を食べる事にしました。
お弁当の中身は、スチュアートの好きなおかずが沢山詰まっていたため
スチュアートは嬉しくなってしまいました。

シャルロット「おいしい?お母さんと一緒に作ったんだよ」
スチュアート「うん、おいしいおいしい」

満足げな笑みを浮かべたシャルロットですが、少し間を置いて、真面目な口調で言いました。

シャルロット「…ごめんね」

スチュアートは、突然謝られて意外な気持ちになりました。

スチュアート「え、なんで?」
シャルロット「私のせいでさ、スーチに友達出来なくて、ごめんねって」
スチュアート「そんな!姉さんのせいじゃないよ、僕が内気なだけでさ」

シャルロットは、目に涙を浮かべて言いました。

シャルロット「ううん、内気にさせちゃったのは私のせいだからさ
       だから、スーチに友達が出来るように、私も頑張りたいの」
スチュアート「姉さ…わっ!」

その時、スチュアートとシャルロットのすぐ目の前を、青い鳥が猛スピードで横切って飛び
空中を2回旋回した後、スチュアートの足元に止まりました。

スチュアート「びっくりした!」
シャルロット「わー、きれいな鳥だね、こんな鳥見た事ないよ」

青い鳥は、スチュアートが持っていたお弁当を見ていました。

スチュアート「お腹空いてるのかな?ちょっとあげてみてもいい?」
シャルロット「うん、いいよ」

スチュアートは、タマゴ焼きを右手に乗せて、青い鳥の前に差し出しました。
青い鳥は、ちょこちょこと近づいて、タマゴ焼きをついばみ始めました。

シャルロット「食べてる食べてる」
スチュアート「かわいいね…あ、痛っ!」

青い鳥は、スチュアートの手までついばんでしまい、スチュアートは痛みにびっくりして手を引っ込めました。
それに驚いた青い鳥は、どこかへ飛んでいってしまいました。

スチュアート「痛たた〜、あ、飛んでっちゃった」
シャルロット「大丈夫?あ、血出てるじゃん」
スチュアート「うん、大丈夫大丈夫、ちょっとだけだし」

スチュアートの右手には、長さ5ミリほどの傷が出来ており、多少出血していたため
シャルロットは、公園にあった水道を見つけ、スチュアートに手を洗うように促しました。

スチュアート「痛たた、ちょっとしみるよ」
シャルロット「ガマンガマン、ばい菌が入ったら大変だからね!」

手を洗った後、コーデリア麦茶を買った売店でキズテープを買い、シャルロットはスチュアートの右手に貼りました。
その後、残ったお弁当をおいしく片付けて、コーデリア麦茶を飲んで一息ついた後
リネット公園をぐるっと一周回り、2人は家に帰る事にしました。
来た道をまた戻るのは大変でしたが、リネット公園の景色の話などをしつつの道程となったため
来た時よりは、いくぶん楽には感じました。

5キロの道のりを歩き、ようやくベス門に着いた時、既に午後6時を回っていました。
ベス門には、ここから出る時に会った騎士とは違う、別の若い騎士が門番をしていました。

騎士    「おや、デート帰りかい?」
シャルロット「んーまあ、そんなとこ?」
スチュアート「え?」

若い騎士は、はははと笑い飛ばしながら、軽く手を振ってフィオナ城下町に帰る2人を見送りました。

家に帰ると、既に夕ご飯の準備が出来ていました。
お風呂に入った後、ご飯の席についた2人は、リネット公園で見た光景などをエルヴィスとフラニーに話し
その日は、楽しい夕食となりました。

スチュアートとシャルロットは、お互いの部屋に戻り、疲れを取るために早めに寝る事にしましたが
ベッドに入って2時間程経った時、シャルロットは、うめき声に目を覚ましました。
うめき声は、シャルロットの部屋の隣の、スチュアートの部屋から聞こえてきます。
スチュアートに何かあったのかと、シャルロットはベッドから飛び起き、暗い廊下を壁伝いに歩き、スチュアートの部屋に入りました。

部屋は真っ暗で何も見えませんでしたが、その中で、スチュアートのうめき声だけが聞こえてくるため
シャルロットは、部屋の明かりをつけ、スチュアートを確認する事にしました。
まぶしさで目がくらんだシャルロットですが、まぶしさをこらえ、スチュアートのベッドを見ると
スチュアートは、ベッドの上に仰向けで、汗びっしょりで、苦しそうなうめき声をあげています。

シャルロット「スーチ?スーチ!どうしたの!?」

スチュアートは、その声に反応しました。

スチュアート「あ、姉さ…うう」

シャルロットは、スチュアートが右手を押さえているのが分かったため、すぐにスチュアートの右手を確認しました。
その手は、赤紫色に大きく腫れ上がっていたのです。
シャルロットはぎょっとして、半ば悲鳴に近い声で、隣の部屋に居るフラニーを呼びました。
スチュアートの部屋に来たフラニーは、事態の大きさから、エルヴィスも呼び
スチュアートを夜間病院に連れて行く事にしました。

2キロ程先にある、ブリジット・フィオナ王立病院では、夜間救急病棟を設けているため
エルヴィスはスチュアートを背負い、4人で病院へと急ぎました。
病院に着くと、すぐに血液検査が行われ、ここで、事がとても重大である事が分かりました。

医師   「スチュアート君は、ベリンダ特有のウィルス…『モルス』に冒されています」
エルヴィス「ベリンダだって?ここはフィオナなのに、一体どうして!?」
医師   「人から人への感染はないウィルスなので、正直なところ原因は私にも…ですが、とにかく、大変危険な状態です。
      このウィルスに対しては、現在のところ、我々は対症療法しか行えないのが実情です。
      根本的な根治治療を行わなければ、申し上げにくいのですが、いずれは…」

エルヴィス達は、騒然としました。

フラニー  「いずれはって、助からないって事ですか!?」
医師    「言いたくはありませんが、フィオナで生成出来る医薬品では、根治出来ないのです」
エルヴィス「バカな!そんなバカな…!」

シャルロットは、この時絶望していました。
右手からウィルスが入ったとしたら、あの「青い鳥」以外考えられないからです。
青い鳥は、ベリンダから紛れ込んできた、迷い鳥だったのでしょう。
自分がリネット公園に連れ出したせいで、スチュアートが死んでしまう。
そう考えたら、目の前が真っ暗になりました。

スチュアートはすぐに、集中治療病棟に入院する事になりました。
対症療法で体力を維持し、ウィルスに対して、スチュアート自身が抗体を作る時間稼ぎをする目的です。
ただ、このウィルスは非常に厄介な性質を持ち、数日経つと自分のDNAを変化させるため
スチュアートの体が抗体を作っても、既に効かなくなっている、と言うイタチごっこを繰り返してしまうのです。
スチュアートの命のともし火は、少しずつ、しかし、確実に小さくなっていきました。

スチュアートの病室には、沢山の人が来るようになりました。
家族はもちろん、特に小学校の同じクラスの子供達が、ひっきりなしに来るようになりました。
クラスの子供達は、スチュアートの事を嫌っていた訳ではなく、「どう付き合えば良いか分からない」と言う事だったため
「スチュアートがもうすぐ居なくなるかもしれない」と悟った同じクラスの子供達は、自然と、毎日のようにスチュアートに会いに来たのです。
スチュアートも、今までの内向的な自分を打ち破るように、笑顔で明るく、クラスの子供達と接しました。
命のせとぎわに立たされて、初めて「友達」という物を作る事が出来たのです。

しかし、会いに来る人の中に、シャルロットの姿はありませんでした。
シャルロットは、自責の念から、スチュアートに会わす顔がなく、毎日を泣いて過ごしていたのです。

ある日、シャルロットは、フィオナ王国を当てもなくトボトボと歩いている時
ある建物の前で、石につまづき転んでしまいました。
それまでの思いが、痛みと同時に爆発してしまい、シャルロットは、その場で大声で泣きました。

シャルロットが泣いているそばの建物の中から、泣き声を聞いた茶髪の若い女性が小走りに出てきて、シャルロットを抱き起こしました。

女性    「どうしたのですか?大丈夫ですか?」
シャルロット「うう、うわあああん!」

泣き止まないシャルロットに困った女性は、とりあえず建物の中にシャルロットを案内し、ソファーに座らせました。
そして隣に座り、ただ黙ってシャルロットを抱き寄せていました。
シャルロットは、女性に抱かれてから5分程をして、ようやく自分を取り戻し、泣き止みました。
女性は、優しい口調で語り掛けました。

女性「落ち着きましたか?」

シャルロットは涙声でしたが、何とか返事をしました。

シャルロット「うう、スン、はい」
女性    「ただ痛くて泣いていたわけではないですよね?何があったかお聞かせ願えますか?」
シャルロット「あ、あの、お姉さんは…それに、ここは?」

女性は、シャルロットの背中をなでながら言いました。

女性    「私は、ロレイン=ハートソンと言います。
        そしてここは、クレメンスですよ、冒険者ギルドのクレメンスです」
シャルロット「あ、ここが、クレメンスなんだ…」

シャルロットは、少し落ち着いたおかげで、周りを見る余裕が出来ました。
剣を持った屈強そうな冒険者や、逆に小遣い稼ぎが目的の学生など
さまざまな人物が、辺りを行ったり来たりしているのが目に入りました。

シャルロット「あの、ロレインさんも冒険者なの?」

ロレインは、ニッコリとして応えました。

ロレイン「はい、手助け出来る事があれば、私にご依頼しても構いませんよ」

その時、シャルロットの後ろから、女性の声が聞こえました。

女性の声「ちょっとロレイン、依頼を受けるのは良いけどね、アナタ今、何件依頼受けてるのよ?
       やたらめったら依頼を受けて、時間がなくて失敗しました、じゃ、ウチとしても困るのよ?」
ロレイン 「ふふ、そう言われると耳が痛いですけど、一応大丈夫な範囲で受けてますよ、シェリーさん」

シャルロットが後ろを振り向くと、エメラルドグリーンのロングヘアーで、スーツの女性が立っていました。
シェリーと呼ばれたこの女性は、外見と口調は厳しく感じましたが、青い目の奥には、優しさが漂っていました。

シェリー「申し遅れました、私はシェリー=モーラン、クレメンスの代表をしているわ。
      困っているからここに来たのでしょうけど、良ければ聞かせてもらえるかしら?」

シャルロットは、ロレインとシェリーに、スチュアートがベリンダの病気に冒され
もう幾ばくの猶予もないことを言いました。
そして、それが自分のせいだと告白し、シャルロットはまた泣き出してしまいました。
ロレインは、泣きじゃくるシャルロットを優しく抱き寄せました。

ロレイン「シャルロットさん?それは、あなたの責任ではないですよ。
     シャルロットさんは、スチュアートさんの事を想ってした事なのですから。
     その鳥に出会ってしまったのは、不運であったと言うだけで、あなたのせいではありません」

シャルロットは、ロレインの胸の中で、「うん」と言いました。

ロレイン「それより、不運を嘆くより、どうすればスチュアートさんが助かるか考えましょう、ね?」

シャルロットは、スチュアートに助かって欲しいと思っていましたが
医者の話を聞いていて、とても助かるとは思えなかったので、それもスチュアートに会えない理由の一つでもあったのです。
死にゆく、大好きな弟を見るのは、シャルロットには辛すぎたのです。

シャルロット「でも、どうやって助ければ良いのか…」

それまで沈黙を守っていたシェリーが、言いました。

シェリー「ベリンダのウィルスね、メディトリナが確かベリンダに居たわよね?」
ロレイン「ええ、彼女はあの後、ベリンダに移り住みました。
      困った人は放っておけない方ですから、力になってくれると思います」

にこやかな顔から一転して、ロレインは真面目な口調で、シャルロットに言いました。

ロレイン  「シャルロットさん、スチュアートさんを助けるために、私達の知り合いの医者に会いに行きます。
       ただ、その人はベリンダに在住していますから、早くても着くまでに2週間は掛かります。
       往復1ヶ月、薬を持って帰るにも、それまでスチュアートさんの体力が持つか保障はありません。
       …そこで提案なのですが」
シャルロット「う、うん」
ロレイン  「病院とご両親へ、スチュアートさんの外出許可を出してもらいに行きましょう。
       スチュアートさんには、現地で、そう、ベリンダで治療を受けて頂きます」

シャルロットは、びっくりしました。

シャルロット「ベリンダへ行けば、スーチは助かるの?」

ロレインは、うなずきました。

ロレイン「スチュアートさんが冒されているウィルスは、確か「モルス」と言いましたね?
      このウィルスは、フィオナでは、その医師が言うように、対症療法でわずかに延命させるしか手がありません。
      しかし、ベリンダの医薬品を用いれば、完治させる事が出来ます。
      このままスチュアートさんを死なせる訳にはいきません、急ぎましょう」

シャルロットは、心に一筋の光が差した気がしました。

シャルロット「う、うん!」

シェリーは、ロングヘアーの髪を右手でかき上げながら言いました。

シェリー「で、他の依頼はどうするの?」

ロレインは、笑顔で答えました。

ロレイン「他の冒険者の方に、お譲りします」
シェリー「そう言うと思ったわ、だからアナタ冒険者ランクが低いのよ?まあ良いけどね。
      ああ、それと、「アイツ」には私が話を通しておくわ、気を付けていってらっしゃい」

シェリーに見送られて、ロレインとシャルロットは、ブリジット・フィオナ王立病院へと急ぎました。
スチュアートの病室には、医師とエルヴィスとフラニー、そしてスチュアートのクラスメイトが2人居ました。
スチュアートは、その中で、栄養剤と感染症を防ぐ薬の入った点滴を受けながら、眠っていました。
ロレインは、両親と医師に、ベリンダにある医薬品なら、スチュアートを救えると言う事を説明し
スチュアートを病院から連れ出す許可を求めました。

ロレイン「ですから、ベリンダの私の知り合いの医師なら、スチュアートさんを助けられるのです。
      スチュアートさんを院外に出す許可を出してください!」
医師  「そうは言いましても、絶対安静にしなければ、1週間も持ちませんよ!
      ベリンダまでたどり着ける保障は出来ません、それにベリンダに入るには、フィオナ王国騎士団の特別な許可が必要です!」

フラニーは、ロレインの話を聞いて、言いました。

フラニー「あの、ロレインさん、もしベリンダに辿りつければ、スチュアートは…」

ロレインはうなずきました。

ロレイン「治ります、助けられるんですよ、それしか道はありません」

スチュアートのクラスメイトの2人も、それを聞いて賛同しました。

バートランド「僕らは、せっかくスチュアートと友達になれたんだ!スチュアートには生きてほしい…。
        助かる可能性があるのなら、それに賭けようよ!ディアナもそう思うよね!」
ディアナ  「うん!ロレインさん、お願い、スチュアートを助けて!」

エルヴィスも、涙ながらにロレインに頼みました。

エルヴィス「息子を、助けてください」

医師は困惑しました。

医師「それは、私だってスチュアート君には助かってほしい。
    でも、専門の医師が万全の装備で帯同しなければ、1週間も持たない…そうか、私が…!」

ロレインは、覚悟を決めつつある正義感のある医師に、安心させる一言を言いました。

ロレイン「大丈夫です、私もこう見えて医師免許は持っています。
      諸症状を抑える薬と、点滴や消毒薬などの用具一式さえ貸して頂ければ、生きて必ずベリンダまでたどり着けます」
医師  「そ、それは素晴らしい!しかし、ベリンダへ入る許可はどうします?一介の医師の私では、そこまでの許可は取れません。
      今から騎士団へ申請しても、許可が下りるまでかなり日数が掛かります」

その時、病室の入り口から、男性の声がしました。

男性の声「あー、ま、その辺は問題ないね、私が許可を出しておいた」
ロレイン 「ブラッドリーさん!シェリーさんに聞いたのですね!」

そこには、フィオナ王国騎士団第1隊隊長の、ブラッドリー=ミルズが立っていました。

ブラッドリー「ほら、これが許可証だよ、既にベリンダとの国境検問所には、騎士団の早馬を出しているが
        もし検問官にとがめられたら、これを見せると良い」

ブラッドリーは、ロレインに許可証を手渡しました。
その許可証には、手書きで大急ぎで書いたと思われる、かろうじて読める文字が羅列されていました。

ブラッドリー「全く、君達2人は昔からセカセカと忙しいね」

ロレインは、クスリと笑って言いました。

ロレイン  「ブラッドリーさんも、急いでここに来たのでしょう?使いを出せば良かったのに」
ブラッドリー「そうしたかったが、私の隊は今夏季休暇中でね、当直の私しか居なかったんだよ。
        それより、あまり時間がないのだろう?早く用意して行くべきだね」

そう言って、ブラッドリーはさっさと帰っていきました。
ブラッドリーの背中を10秒程見送って、ロレインは、振り返って言いました。

ロレイン「さて、これで問題は解消されました。
      私は馬車と食料の手配をしてきますので、エルヴィスさんとフラニーさんは
      スチュアートさんの着衣など、身の回りの必要なものを用意してください。
      あなたは、諸症状を押さえる薬や点滴用具、特に解熱剤は十分用意してください」
医師  「分かりました、すぐに」

シャルロットは、何かを言いたそうにもじもじしていました。
ロレインは、シャルロットの手を取って言いました。

ロレイン  「一緒に行きたい、ですか?」
シャルロット「うん…ダメ?」
フラニー  「シャルロット!?ダメよ、危ないわよ!」

シャルロットの気持ちを聞いて、エルヴィスが言いました。

エルヴィス「いや、フラニー、ロレインさんをここに連れてきたのはシャルロットだ。
       一緒に行かなければ、この子の気持ちが済まないだろう」
フラニー  「エルヴィス…では、それでは私も一緒に行かせてください!」
バートランド「なら、僕も行くよ!」
ディアナ  「私も!」

ロレインは、少し間を置いて話しました。

ロレイン「お気持ちはとても嬉しいのですが、荷物や人が多すぎると、馬がすぐに疲労してしまいます。
      それに、フィオナ人はベリンダにとって異物ですから、なるべく目立たない小規模で動きたいのです。
      大丈夫です、私とシャルロットさん、そしてベリンダに居る知人の医師が、必ずスチュアートさんを治してみせます。
      安心して待っていてください」

フラニーはまだ少し未練がありましたが、言いました。

フラニー「分かりました、ロレインさん、スチュアートとシャルロットをお願いします」

エルヴィスも頭を下げました。

ロレイン「お任せください、それでは、ええと、約2時間後に、ここを出立する事にします。
      先に言ったように、多すぎる荷物は馬が疲労してしまいますので、なるべく最低限の準備をして、病院の前にお集まりください」

ロレイン達が病室から立ち去ったすぐ後、スチュアートは目を覚ましました。
上半身を起こして、ベッドの右隣を見ると、入院してから一度も会って居なかったシャルロットが
目に涙を浮かべながら、微笑んでいました。

スチュアート「あ、姉さん、久しぶりだね…何で泣いてるの?」

シャルロットは、何も言わずにスチュアートに抱きつきました。
スチュアートは、少しバランスを崩しながらも、シャルロットを受け止めました。

スチュアート「わっ、ちょっ…姉さん?」
シャルロット「スーチ、スーチね、助かるんだよ」
スチュアート「助かる?」
シャルロット「うん、ロレインさんがね、スーチの事助けてくれるの。
        スーチ、死ななくて済むんだよ」

そう言って、シャルロットは泣きじゃくりました。
スチュアートは事情が飲み込めず、少し困りながらも、シャルロットを抱きしめました。

2時間後、ロレインが手配した馬車に、フィオナとベリンダの往復分の衣料や食料
「モルス」の症状を抑える薬や医療器具を積み、最後にスチュアート、そしてシャルロットが馬車に乗り込みました。
馬を操るのは、ロレイン自らが買って出ました。

フラニー  「スチュアート、頑張るのよ!」
エルヴィス 「絶対に、絶対に死ぬなよ」
バートランド「帰ってきたら、夏休みの宿題一緒にやろうね!」
ディアナ  「クラスの皆にも伝えておくね、スチュアートは助かるって!」

スチュアートは、少し照れくさくなってしまいましたが、笑顔で答えました。

スチュアート「うん、すぐ帰ってくるからね」

ロレインは、馬の手綱を握って言いました。

ロレイン「それでは、出発します、今から、大体1ヶ月前後で帰ってきますので
      心配せずに待っていてくださいね」

そう言うと、ロレインは手綱を操り、馬車を発車させました。
馬車は最初はゆっくりと、次第に早く走り始め、すぐに、残った人々の視界から遠ざかっていきました。
その場に居た4人は、何も言わずに、小さくなっていく馬車を見送っていました。

ベリンダは、コーデリア地方より、さらにずっと南に位置する国で
フィオナ王国との国境線はありますが、敷地の広大さから、その境を管理し切れていない面があります。
そのため、フィオナ王国から見て、国境線の中でも、フィオナ王国から見て一番自国側と思われる位置に
国境検問所が設けられ、ごく稀に起こる(今回のような)事態に備え
フィオナ王国騎士団内の5人程の小隊が、約3ヶ月の間隔で、交代で警備をしています。

4日かけて、ロレイン達はその国境検問所にたどり着きました。
検問所の前まで来ると、検問所の兵舎の中から、30代後半と思われる男性騎士が出てきました。

騎士「はいはいストップストップ、はいごくろうさん、ここから先はベリンダだが、通るつもりかね?」

ロレインは、馬から降りて対応しました。

ロレイン「はい、ロレインと申しますが、ブラッドリー第1隊隊長から私達を通すように、指令は受けていませんか?」

男性騎士は、思い出して言いました。

騎士「ああはいはいはい、病気の子供を治療するためのね、電話と早馬で聞いてるよ。
    ただ、一応許可証を見せてくれんかね?万一間違いがあったら大変だからね」

ロレインは、コートの右ポケットにしまってあった、ブラッドリーからもらった許可証を男性騎士に見せました。

騎士  「うん、間違いないね、良いよ通りな、気をつけてな」
ロレイン「ありがとうございます」

ロレインが馬にまたがると、男性騎士は思い出したように、またロレインに質問をしました。

騎士「ところでアンタさん、どこかで見たような気がするんだが、オレの気のせいかね」

ロレインは、ニッコリとして答えました。

ロレイン「さあ、気のせいでしょう」
騎士  「そうか、まあ気のせいならしょうがないな」

男性騎士は、自分の腰をトントンと叩きながら兵舎の中へと戻っていきました。
ロレインは、馬車を発車させ、フィオナとベリンダを国境を越え、再び南へと進路を進めました。

ベリンダに入ってから8日、ブリジット・フィオナ王立病院から数えると、既に12日が過ぎていました。
その間に、スチュアートの病状は、かなり悪化していました。
熱は解熱剤を使用しても常に39度を越え、全身を襲う痛みから、夜も眠れなくなっていました。
シャルロットも眠らずにスチュアートを看病し、さすがのロレインも、スチュアートの体力が持つか、少し焦りを感じ始めていました。

シャルロット「ロレインさん、その医者が居る場所って、まだ先なの?」
ロレイン  「もう少し、もう少しのはずです、彼女の居る村は…」

それから2日が過ぎた昼頃に、ロレインは、突然、何もない平野で馬を止めました。
シャルロットは、何もないところで馬が止まった事を不思議がり、馬車から降りてロレインに尋ねました。

シャルロット「ロレインさん、ここ何にもないけど、どうしたの?」

ロレインは、何も言わずに、シャルロットに少し後ろに下がるように促しました。
シャルロットが後ろに下がると、ロレインは、大きく息を吸い、お腹に力を入れて、大声で叫びました。

ロレイン「私はロレイン=ハートソンです!医師、メディトリナ=ミューアヘッドを訪ね
      はるばるフィオナから参りました!どうか姿をお見せください!」

シャルロットは、大声にびくっとしましたが、それ以上にびっくりしたのは
何もなかった平野に、うっすらと、そして次第にくっきりと、「村」が姿を現し始めたのです。

シャルロット「え、どういう事?建物が…あ、人も居る!どうなってるの?」

ロレインは、驚くシャルロットに説明をしました。

ロレイン  「ベリンダの人達は、皆奥手なんですよ。
        あまり他の人種と関わりたくないという事で、村を覆うように、自然素材で作った「迷彩膜」を張って隠れているのです。
        その膜は、管理する人の手で、厚くも薄くも、一部分に穴を開けたりも出来るんです。
        私が挨拶したから、今はちょっとその膜を開けてくれたんですね」
シャルロット「へええ…」
ロレイン  「ちなみに、今まで私達が通ってきた道には、大体50の村があったんですよ」

シャルロットは、驚きました。

シャルロット「ええ、全然分からなかった!皆隠れてたの!?」
ロレイン  「はい、まあ、慣れると結構見えちゃいますけどね。
        それより、早くスチュアートさんを連れて行きましょう、私の知り合いの医師の病院は、村の右奥にあります」
シャルロット「うん」

ロレインは、村の内側に馬車を止め、ぐったりしているスチュアートを背負い、村の奥へと足を進めました。
シャルロットは、ベリンダ人は、近年、表立ってフィオナと争った事はないにしても
フィオナの事をどう思っているか分からなかったため、恐怖心から、なるべく村人とは目を合わせないようにしました。

村の右奥には、白い建材で作られた、2階建ての個人病院がありました。
ロレインが受付で手続きをしている間、スチュアートとシャルロットはイスに座ってジッと待っていましたが
そばに居た年配の女性が、声を掛けてきました。

女性「んー?おや?おまいさん達は、この村の人じゃないね?」

シャルロットは、声を掛けられてドキッとしましたが、おずおずと答えました。

シャルロット「あ、うん、はい、私達フィオナから来たんですけど
        私の弟が「モルス」って言うウィルスに感染しちゃって、ここまで治しに来たんです」

女性は、目を丸くして答えました。

女性    「へえ?モルスなんかありふれた病気だろうに、わざわざフィオナから来なすったのねえ…。
        フィオナじゃモルスは治せないのかい?」
シャルロット「うん、フィオナには無い病気で、薬が作れないんだって」
女性    「へえ、それは大変だねえ、まあモルスなんて、ベリンダじゃちょっとした風邪といっしょよ。
        今はずいぶん苦しそうにしてるけど、すぐ治るわねえ」

シャルロットは、それを聞いて安心感が出てきました。
話している間に、ロレインが手続きを済ませ、症状の重かったスチュアートは、すぐに診察室に呼ばれました。
3人が診察室に入ると、そこには、くしゅっとした長い金髪の、気だるそうにボーっとしている女性の医師が居ました。

ロレイン「メディトリナさん、久しぶりですね」

メディトリナと呼ばれた女性は、ゆっくりとロレインの方を見ると、急に電気が走ったかのようにイスから立ち上がり
ロレインに駆け寄り、早口で喋り始めました。

メディトリナ「ロレインじゃないの!元気してた?彼氏出来た?結婚した?子供出来た?今何してるの?あ、この子達アンタの子供?」

ロレインは、後ろにタジタジと下がりながら答えました。

ロレイン  「いやあの、違くて…この子達は、フィオナで偶然会った子達で
        こっちがシャルロットさん、そして弟のスチュアートさんです」
メディトリナ「へーえ、アンタの事だから、また色々首突っ込んでるんでしょ?
        で、このスチュアート君は…ああ、見れば分かるわ、モルスね、それも重度の」
ロレイン  「そうです、治せますよね?」
メディトリナ「そりゃもちろん、治せるわよ」

治せると聞いて、スチュアートとシャルロットは、気分が明るくなりました。

メディトリナ「ただ、ここまで重度になっちゃうと、治すのに3日は通院してもらわなきゃね。
        アンタ達、泊まるとことか予定はあるの?」
ロレイン  「旅館がありましたよね、そこに泊まる予定で来ました」

メディトリナは、右手をヒラヒラさせました。

メディトリナ「ああ、あそこはもう潰れたわ、だって客なんてここの村人しか居ないんだし
        好き好んで、わざわざ自分と同じ村の旅館に、お金掛けて泊まる?それってよっぽど物好きよ」
ロレイン  「それもそうですね、またずっと馬車で寝るのも、この子達には辛いでしょうし…どうしましょう」

メディトリナは、ヒラヒラさせていた右手で、ロレインの腰をパシパシと軽く叩きました。

メディトリナ「水臭いわね、アタシの家に泊めてあげるわよ」
ロレイン  「本当ですか?助かります!」
メディトリナ「ただし、炊事洗濯はアンタがやるのね、これが条件」

ロレインは、苦笑しながら言いました。

ロレイン  「仕方ないですね、その代わりスチュアートさんの治療は手を抜かないでくださいよ。
        スチュアートさんには、フィオナで待っている人が沢山居るんです」
メディトリナ「そんな事分かってるわよ、スチュアート君、今日は抗ウィルス剤を注射しておくから、家で安静にしててね。
        今日一日でかなり症状は楽になると思うけど、あんまりバタバタ動いちゃダメよ?」

注射と聞いてスチュアートはギクッとしましたが、死ぬよりはマシと観念しました。
しかし、いざ注射をしてみると、メディトリナは、痛くない注射の仕方を心得ていたため
スチュアートは痛みを感じず、メディトリナの腕に関心してしまいました。

メディトリナ「ロレイン、私の家の場所は分かるわね?鍵を渡しておくから、スチュアート君を安静にさせてあげてね」
ロレイン  「分かりました、それでは、スチュアートさん、シャルロットさん、行きましょう」

ロレインは、まだ薬が効いていないスチュアートを背負って、診察室を後にしました。
シャルロットもそれに続きましたが、シャルロットは、メディトリナにどうしても伝えたい事がありました。

シャルロット「あの、メディトリナさん」
メディトリナ「あら、何かしら?」
シャルロット「あの、私、スーチが助かるって、ここに来るまで思えなくて…本当に、本当にありがとうございます!」
メディトリナ「いやね、医者は患者を治すのが仕事なんだから、そんなお礼を言われる程の事じゃないわ。
        ま、でも、気持ちは嬉しいけどね、ありがとね」

会計で診察料金を支払ったロレインは、スチュアートとシャルロットと共に、メディトリナの家へと向かいました。
メディトリナの家は、病院と同じく白い建材の建物でしたが、家の中は、医学書などでごちゃごちゃになっており
スチュアートが安静に出来るスペースを確保するために、ロレインとシャルロットは、片っ端から本を片付けていきました。

部屋の片づけがある程度終わると、ロレインは台所へ向かい、有りあわせの材料で料理を始めました。
シャルロットは、スチュアートの看病で数日間ろくに寝ていなかったため、ご飯まで一眠りする事にしました。
スチュアートは、薬が効いてきたのか、だんだんと体の調子が良くなってきたため
何となくロレインと話がしたくなり、部屋から出て、ロレインが居る台所へと向かいました。

スチュアート「あの、ロレインさん」

ロレインは、ジャガイモの皮を剥きながら答えました。

ロレイン  「あら、なんでしょう?」
スチュアート「ロレインさんは、何で冒険者になったの?」

ロレインは、少し考えて答えました。

ロレイン  「そうですねえ、沢山の人の笑顔を見たいから、でしょうか」
スチュアート「笑顔…?」
ロレイン  「はい、笑顔、依頼が上手くいった後は、皆笑顔になってくれます。
        冒険者になるずっと前に、怪我をした人を助けた事があるんですよ。
        その人は、私にせいいっぱいの笑顔をくれました。
        私はその顔を追いかけて、冒険者を続けているのかもしれませんね」
スチュアート「うん、僕も、入院してた時に初めて友達が出来たんだけど
        同じクラスの子が、笑顔で話してくれると、凄くうれしいよ」

ロレインは、ニコッと笑顔になって答えました。

ロレイン  「そうです、人間の根本は「笑顔」ですからね。
       皆が笑顔で暮らせる世の中になればいいなと、いつも思っていますよ」
スチュアート「うん、冒険者って良いね、中学生になったら目指してみようかな」
ロレイン  「良いかもしれませんね、私で良ければ、色々お教えしますよ」
スチュアート「うん、ありがとう」
ロレイン  「さて、でも、体を早く治すように、今日は安静にしていてください。
       ご飯になったら起こしますから」
スチュアート「あ、うん、分かった、ごめんね邪魔しちゃって」
ロレイン  「いえいえ」

スチュアートが部屋に戻った後、ロレインはポツリと独り言を言いました。

ロレイン「それに私は、あの人を救う方法を、早く見つけないといけないのよね…」

村に3日間滞在している内に、治療も順調に進み、スチュアートはすっかり全快しました。
村の入り口に止めてあった馬車の前で、3人は、メディトリナに別れの挨拶をしました。

シャルロット「メディトリナさん、本当に、ありがとうございました!」
スチュアート「病気になったのは辛かったけど、何か、色々勉強出来た気がします」
メディトリナ「ふふ、そういう事ってあるものよ」
ロレイン  「フィオナでも、モルスの治療が出来れば良いんですけどね」
メディトリナ「そうね、でも、それは難しいわね、ベリンダでしか生成出来ない薬品じゃないと効かないもの。
        フィオナとベリンダが交流できれば、あるいは…と言う所かしら」

ロレインは、「うん」と言って、スチュアートとシャルロットに馬車に乗るように促しました。

ロレイン  「それでは、メディトリナさん、スチュアートさんとシャルロットさんを
        待っている人に、早く送り届けないといけませんので、これで失礼します」
メディトリナ「うん、もしまたこういう事があったら、遠慮なく来て頂戴ね」

ロレインは、ニッコリとして答えました。

ロレイン「はい、よろしくお願いします」

スチュアートとシャルロットも、馬車の中から感謝の言葉を伝え、メディトリナもそれに応えました。
馬にまたがるロレインに、メディトリナは一つ質問をしました。

メディトリナ「ロレイン、ブラッドリーは、あの事…まだ諦めてないの?」

ロレインは、顔に影を落として答えました。

ロレイン  「ええ、それに、もちろん私も諦めてませんよ」
メディトリナ「そう…」
ロレイン  「それでは、出発します」
メディトリナ「うん、気をつけてね」

馬車は勢い良く発車し、すぐにメディトリナの視界から消えていきました。
それを見送ったメディトリナは、考え事をしながら病院へと戻っていきました。

メディトリナ「開放する方法か…やっぱり難しいわよね…」

メディトリナが滞在する村から出発して2週間後、ロレイン達は、フィオナ王国城下町へ無事にたどり着きました。
馬車の回りには、エルヴィスとフラニーを始め、シャルロットとスチュアートのクラスメイトが大勢かけより
ロレイン達の帰還を、心から喜びました。

この時から、スチュアートの内向的な性格は、少しずつ変わっていき
そして、命を救ってくれた、憧れの存在であるロレインと同じ、冒険者になろうとスチュアートは心に決めたのです。

これが、冒険者スチュアート=アストンの誕生の物語でした。



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