シルヴィア達「チャリティー・ガールズ」が結成された日より、既に4ヶ月の月日が経っていました。

グループの中には、既に社会人の女性も居ましたし、中学生の女の子も居ました。
シルヴィアは中学3年生だったため、グループの中では比較的低年齢の位置に居たのですが
同い年の女の子達には、ある共通の悩みがありました。

そう、「高校受験」です。

シルヴィアが受験をしようとしている高校は、「フィオナ王立アイテリエー高校」です。
フィオナ城下町にあるこの王立高校は、学力のレベルがとても高く、将来の道を模索しやすいと言う事で
フィオナ城下町に住んでいる人達は、出来ればこの高校に子供を入れたい、と言う気持ちを持っています。
シルヴィア自身も、自分の力を試したいと言う事もありましたし、何より「制服がカワイイ」と言う条件が気に入っていたのです。

元々シルヴィアは、フィオナ王立クリュメネー中学校では、学年トップクラスの学力を誇っていたため
担任のパーシル先生も、アイテリエー高校への入学確率は、全く問題ないと太鼓判を押していました。
そう言った意味では、シルヴィアはグループの他の女の子達より恵まれていたのですが、シルヴィアにも悩みがあったのです。

それは、親友のラルの事でした。

ラルは、シルヴィアより1学年下になるため、受験は1年後になりますが、やはりアイテリエー高校を志望しています。
ただ、現時点のラルの成績はと言うと、お世辞にも褒められたものではなく
このままでは、同じアイテリエー高校に進学する事は、非常に難しい事態となっているため
チャリティー・ガールズが活動期間を終え、解散した後、シルヴィアは、自分の勉強の復習を兼ねて、毎日ラルの勉強を見ていました。

日曜日のこの日は、ラルが大嫌いな数学を勉強する日で、ラルは朝から精神がネガティブになっていました。
既に「ラル専用家庭教師」となっているシルヴィアですが、ラルの精神が日増しに黒くよどみ、明日が見えなくなっていくのを感じ
「何かラルが勉強を楽しめる方法はないか」と常に考えるようになりました。

そしてシルヴィアが思いついたのは、「あの人なら何か良い方法を知っているかもしれない」と言う事でした。
シルヴィアは、ラルが自宅に来る前に、電話のボタンをプッシュしました。
何回かのコール音の後、おっとりとした女性の声がしました。

女性    「はい、コールフィールドです」
シルヴィア「(女の人?)あ、あの、私シルヴィア=オールディスと申しますが、ブライアンさんはご在宅でしょうか?」
女性    「ああ、あなたがシルヴィアさんなのですね!兄から時折話をお聞きしています。
        兄は今部屋におりますので、呼んで参りますね、少々お待ちください」
シルヴィア「すみません、お手数お掛けします」

受話器から、バイオリンの上品な保留音が聞こえてきました。
シルヴィアは、ブライアンに妹が居たと言う事を知り、何となく不思議な気持ちになりました。
ぼーっとバイオリンの音色を聴いていると、20秒程経った辺りで音楽が止み、受話器からブライアンの声が聞こえてきました。

ブライアン「お待たせしました、ブライアンです」
シルヴィア「あ、ブライアンさん、おはようございます、シルヴィアです」
ブライアン「お久しぶりですね、お元気そうで。番号も覚えて頂けたようで何よりです。
       ときに、今日はどうされましたか?」

シルヴィアは、何を言おうか良く頭の中でまとめていなかったため、少し焦ってしまいました。

シルヴィア「あ、あの、えーと、ちょっと勉強の事で教えて欲しい事があるんですけど、良いですか?」
ブライアン「ええ、私に分かる範囲で宜しければ」
シルヴィア「あの、私だけじゃなくてラルも一緒なんですけど、大丈夫ですか?」
ブライアン「ええ、もちろん。となりますと、もしご都合が宜しければですが、私の自宅で勉強会を開きましょうか」
シルヴィア「良いんですか?」
ブライアン「もちろんです。日時はどう致しますか?私の方はいつでも、良ければ今日でも大丈夫ですよ」

シルヴィアは、ラルの都合も考えましたが、どうせこの後何時間もダラダラとシルヴィアの部屋で勉強するよりは
ブライアンの自宅に行って、色々とノウハウを教えてもらった方が効率的だし、気分転換にもなると思いました。

シルヴィア「ええと、それじゃ、今日これからお願い出来ますか?」
ブライアン「分かりました、それでは、クレメンタイン街の入り口でお待ちしています」
シルヴィア「ありがとうございます、よろしくお願い…」

シルヴィアが言葉を言い終わらない内に、誰か別な男性の声がしました。

男性    「おーい、ブライアンまだ話してるの?お菓子全部食べちゃったよ」
ブライアン「電話中ですのでお静かにお願い致します」
男性    「はいはい」

その声は、シルヴィアには聞き覚えのない声だったので、誰かなと思いましたが
ブライアンが先に喋り始めました。

ブライアン「失礼しました、それでは、後ほどお待ちしています」
シルヴィア「あ、はい、よろしくお願いします。失礼します」

そう言って、シルヴィアは電話を切りました。
シルヴィアは、先ほどの男性の声が誰か分からず仕舞いでしたが、とりあえず、もう数分でやってくるはずのラルを待つ事にしました。
そして電話を切ってから2分後、玄関から呼び鈴の音がしたため、シルヴィアは玄関に向かい、ドアを開けました。
そこには、心なしか憔悴しているラルの姿がありました。

ラル    「おはよー」
シルヴィア「おはよー、で、これからブライアンさんの家に行くよ!」

ラルは、突然の申し出に面食らいました。

ラル    「ええ、何で?」
シルヴィア「勉強のノウハウを教えてもらうの!すぐ用意するから待っててね!」
ラル    「はあ…うーん?」

ラルは事情が飲み込めませんでしたが、素早く家の中に引っ込み、出かける用意をしているシルヴィアに従う事にしました。
1分程経ち、教科書やノート、筆記用具など勉強道具一式を持ったシルヴィアが、再び玄関に姿を現しました。
靴を履きながら、シルヴィアは言いました。

シルヴィア「ブライアンさんが、クレメンタイン街の入り口で待っててくれるって言うから、急がないとね!」

靴を履き終えると、シルヴィアはラルの手を引っ張って
フィオナ城下町の、クレメンタイン街のあるエーリアル地方へと続く、「カーラ」門へと向かいました。

カーラ門は、人口の多いエーリアル地方と、フィオナ城下町をつなぐ大事な役割を果たしているため
16箇所ある門の中でも、最大級の大きさと、人の出入りを誇っています。
そのため、カーラ門の警備をする騎士は、騎士団の中でも、かなりの実力がなければ任されないと言う事もあり
「カーラ門の警備を任される位の騎士になろう」と意気込んで、騎士団に入団する若者も少なくありません。

シルヴィアとラルは、警備をしていた、長い金髪をオールバックにセットした
20代後半と思われる男性騎士に軽く頭を下げ挨拶をし、カーラ門からエーリアル地方へと入りました。

カーラ門からクレメンタイン街へは、大人の足で20分程掛かるため、ブライアンが待っている事を考え
シルヴィアとラルは、歩幅をいつもより多少広げ、早足で歩きました。
街道はとても綺麗に整備されているため、早足で歩いても、疲れるという事はありませんでした。

クレメンタイン街の入り口の門が見えてくると同時に、門の側に優美に立っているブライアンを見つけ
シルヴィアとラルは、早足から小走りに切り替え、ブライアンに向かって走り始めました。
ブライアンの方も2人に気付き、右手を上げて挨拶をしました。

シルヴィア「ごめんなさい!お待たせしました!」
ラル    「お待たせしましたー」

ブライアンは、笑顔で対応しました。

ブライアン「いえ、とんでもない。こちらこそ、お呼び立てして申し訳なく思います。
       それでは、自宅に案内したいと思いますが、少し休憩致しますか?」
シルヴィア「あ、いえ、大丈夫です」
ブライアン「分かりました、それではご案内します」

ブライアンの家に向かう道中、ブライアンが「チャリティー・ガールズ」のメンバーだったと言う事が話題に上り、ラルはとても驚きました。

ラル「あーでも、そういえば、リアンって女の子どこかで見たな〜って思ってたんだ〜。ブライアンさんだったんだ…」

ブライアンは、苦笑しながら言いました。

ブライアン「ええ、男の私が、なぜ15人の中に入ったのか未だに不可思議です。世の中何が起きるか分かりませんね」
ラル    「言いふらしてもいいものなの?」
ブライアン「言いふらされたら大分困りますね、私を含めて色々な人が」
ラル    「ふふ〜ん」

ラルは、ニヤニヤと小悪魔的な笑顔を浮かべましたが、シルヴィアの「やめなさい!」と言う言葉でたしなめられてしまいました。
そう話している内に、ブライアンが、ある家の前で止まりました。

ブライアン「さて、到着しました」

その家は、シルヴィアとラルの両方の家の敷地面積を合わせて、さらにその数字を10倍にした位の面積の、「大邸宅」と呼ぶに相応しい大きさで
壁の色は真っ白、屋根はオレンジ、3階建ての美しい家でした。

シルヴィア「へぇ…」
ラル    「ふぇ…」

シルヴィアとラルは、家を見上げながら、思わず感嘆が混じったため息を漏らしてしまいました。
ブライアンは、家の門の中に既に入り、3歩進んでいましたが、2人が付いて来ていない事に気付き、また門の外に戻ってきました。

ブライアン「どうしました?」

シルヴィアとラルは、お互いの顔を見合わせてハッとなり、ブライアンの居る所まで歩きました。

シルヴィア「あ、いえ、何となく想像してましたけど、やっぱりお金持ちなんですね」

ブライアンは、声に出さない軽い笑みを浮かべ言いました。

ブライアン「確かに、金銭的にはそれなりに恵まれてはいますが、私自身が稼いだ訳ではありませんからね。
       私が金持ちと言うより、祖先や両親が金持ち、と言った方が正しいでしょう」
ラル    「そんなものかな?」
ブライアン「そんなものですよ。それでは改めて、お招き致します」

ブライアンに続き、シルヴィア、ラルの順に、青銅色の装飾がされた門をくぐり
門から8メートル程先にあった、無垢材で出来たドアの前に到着しました。
ブライアンが、上着のポケットから鍵を取り出すと同時に、なぜかドアの方が先に開いたため、ブライアンは一歩後ろに下がりました。

ブライアン「おっと」

開いたドアの中から、ブライアンと同じ茶色い髪色をした、とても綺麗な女性が出てきました。

女性「おかえりなさい、窓の外を見ていたらお兄様達が見えましたので、お迎えしようと思いまして」

シルヴィアは、この女性の声に聞き覚えがありました。
それは、ブライアンの家に電話した時、最初に出た女性と同じ声だったのです。

ブライアン「それはどうも、こちらは、私の友人のシルヴィアさんとラルさんです。
        ああ、失礼、ご紹介しましょう、私の妹のリアンです」
リアン   「リアンです、よろしくお願いします」

リアンは、笑顔でシルヴィアとラルにおじぎをしました。

シルヴィア「あ、こちらこそ、よろしくお願いします」
ラル    「よろしくお願いします」

2人も、緊張しながら、頭を下げて挨拶をしました。

リアン   「それでは、私は紅茶とお菓子を用意してきますね」
ブライアン「ええ、ありがとうございます」

そう言うと、リアンはちょっと頭を下げ、家の中へと入っていきました。
ブライアンは、ドアを左手で押さえ、シルヴィアとラルを玄関へとエスコートしました。
2人が玄関に入ると、ブライアンも玄関に入り、ドアを閉めました。

ラル「ブライアンさんって、妹さんが居たんだ。チャリティー・ガールズの時に名前借りたんだね」

ブライアンは、ドアノブに引っ掛けてしまった上着の袖をスルリと外し、言いました。

ブライアン「ええ、出来た妹ですよ。名前を借りのはとっさの事で、内密にして頂けるとありがたいですね。
       そう、シルヴィアさんは、確か今朝方、電話で妹とお話していましたか?」
シルヴィア「はい、少しだけですけど、優しそうな妹さんですね」

ラルは、左手の手のひらを、右手で揉みながら言いました。

ラル「うーん、それにしても、会話も丁寧語なんだね」

ブライアンは、笑みを浮かべて言いました。

ブライアン「まあ、コールフィールド家はそういう家ですからね。
       幼い頃より、家族全員が丁寧語で話していますから、この方が楽なのですよ」
ラル    「うーん、それじゃ、私みたいな口調だと乱暴に感じたりするの?」
ブライアン「いえ、そういう訳ではありません。こちらが話す時は、丁寧語の方が楽と言う事で、一般的な口語は普通に受け止められますね」
ラル    「何か、複雑」

ブライアンは、苦笑しました。

ブライアン「それはそれとして、玄関で立ち話も何ですから、中に入りましょう」

そう言うと、ブライアンは、靴置きの隣にあった来客用のスリッパを、シルヴィアとラルの足元に差し出しました。

シルヴィア「あ、すみません」
ブライアン「いえいえ」

靴を脱いでスリッパに履き替える時、シルヴィアは、自分達3人の靴の他に、2人分の靴が置いてある事に気が付きました。
1つはブライアンの妹、リアンのものとして、後1人分は誰だろうと思いましたが
ブライアンの両親の物かもしれないし、わざわざ聞くのも何だか変だと思い、気にしない事にしました。

ブライアンもスリッパに履き替えたところで、ブライアンが
3人で勉強をするのなら、ゆったりと座って作業が出来ると言う理由から、自分の部屋ではなく、リビングでしましょうと提案しました。
(また、男性の部屋に入るのは、シルヴィア達も抵抗があるだろうと言う、ブライアンの配慮もありました)
シルヴィアとラルは、それに素直に従い、ブライアンの後ろについて廊下を歩きました。

コールフィールド邸の1階中央にあるリビングには、ドアと同じ無垢材の広い楕円形のテーブルと
ふかふかのクッションがセットされたクラシックな椅子が全部で12脚、大型のエアコンはもちろん、暖炉まで完備されており
シルヴィアとラルは、映画の中の世界に入ったような感覚になりました。

特に暖炉に興味を惹かれ、中を覗き込んでいたラルですが、ブライアンの話だと
フィオナの平均気温が低かった80年以上前の、何代か前の祖先が使っていたもので、現在暖炉に火が灯る事はないと言う事です。

ブライアンは、先にシルヴィアとラルを椅子に座らせ、自分は楕円形の端の一番尖った所に行き、シルヴィア達とL字型になるように座りました。
対面に座ると、テーブル自体が広いのでシルヴィア達と遠くなり過ぎ、また心理的にも威圧感を与えてしまうため
L字で座るのが、一番最適な形だったのです。

そして3人が話し始めようとしたその時、リビングから2階へとつながる階段から、男性の声が聞こえました。

男性「おーい、ブライアン帰ったの?」

その声を聞いたブライアンが、「あっ」と何かに気が付いた表情をし、3人が階段の方を振り向くと
声の主の男性は、階段から降り終わり、リビングに居た3人と目が合いました。

その男性は、紺色の髪に赤い目をし、端整な顔立ちにスラッとした長身で、ブライアンに負けず劣らずの美形でした。
しかし、初対面でありながら、シルヴィアとラルは、どこかでこの男性の事を見た事があったのです。

男性「ん、何?どういう状況?」

男性は、シルヴィアとラルを見てから、ブライアンを見て言いました。

ブライアン「ええ、ですから、出る前に言ったように、シルヴィアさんとラルさんの勉強をですね」
男性    「え?ああ、俺マンガ見てたからあんまり聞いてなかったな」
ブライアン「あなたと言う人はまったくもう…要するに、おふたりの勉強の邪魔になりますので、私の部屋に戻ってゲームでもしていてください」
男性    「と言っても、1人だとつまらないんだよね、見てるだけなら良いでしょ」

シルヴィアとラルは、ブライアンと親しげに話しているこの男性の事を聞かずには居られなくなってしまいました。

シルヴィア「あの、ブライアンさん、この方は…?」

ブライアンと男性はハッとなりました。

ブライアン「これは失礼、この方は、私の友人のアルヴィンです、今日たまたま遊びに来ていましてね。
       こちらは、シルヴィアさんとラルさんです、色々と縁があり交流しているのです」

アルヴィンと呼ばれた男性は、自分の後頭部を軽くポンポンと叩いて言いました。

アルヴィン「まあ、たまたまっても、土日はほとんど来てるけどね。
       ええと、シルヴィアさんとラルさんだっけ?俺はアルヴィンと言います、よろしくね」

そう言って、アルヴィンは右手を差し出し握手を求めました。
シルヴィアとラルは、順番に握手をしました。

シルヴィア「シルヴィアです、よろしくお願いします」
ラル    「ラルです〜。うーん、でもアルヴィンさんってどこかで見た気がするんだけど、気のせい?」

ブライアンは、クスリと笑って言いました。

ブライアン「まあ、彼はイーリアス公の息子ですからね、行事などで目にした事があるのでしょう」

シルヴィアとラルは、それを聞いてぎょっとしました。
目の前に居るアルヴィンは、現フィオナ王国の国王、アルヴィン=イーリアス=ニーグルの息子の
アルヴィン=オデッセウス=ニーグルであると気付いたからです。

つまり、いつかは国王の地位を引き継ぐ事になる、VIP中の超VIPであったのです。
シルヴィアは、4ヶ月前、ブライアンから「アルヴィンとは同期」と聞いていた事を思い出し
この人のおかげで、ブライアンは騎士を目指し始めた、と言う事も同時に思い出しました。

シルヴィア「こ、これはどうも、すみません!」
ラル    「ごめんなさい!」

シルヴィアとラルは、訳が分からなくなり、なぜか頭を下げて謝ってしまいました。
それを見てアルヴィンは、悲しい表情をして言いました。

アルヴィン「いやもう…なんかこうなっちゃうから、俺ダメなんだよ」

ブライアンは、左手を上げて申し訳ないという仕草をしました。

ブライアン「失念しました。いつも接している側からすると、何でもない事なのですけどね」
アルヴィン「うん」

アルヴィンは、シルヴィアとラルに優しく声をかけました。

アルヴィン「あのさ、俺昔からそういう対応苦手でさ、普通に友達と同じように接してくれると嬉しいんだよね。
       もちろん、緊張しちゃうのは分かってるんだけど、公務をしていない時の俺は、普通の人と変わらないからさ、気兼ねなく接してほしいんだ。
       ブライアンもそうだけど、やっぱり友達いっぱい欲しいし、2人も俺の友達になってほしいな」

シルヴィアとラルは、まだドキドキして顔も紅潮していましたが、アルヴィンの気持ちが分かってきたため
気分も少し落ち着き、正面からアルヴィンの顔を見る事が出来るようになりました。
笑顔のアルヴィンは、普通(と言うには美形過ぎますが)の大学生で、シルヴィアとラルは何だかほっとしました。
しばらく4人で会話をしていると、ブライアンの妹のリアンが、紅茶とお茶菓子を持って来ました。

リアン   「お待たせしました、召し上がってください」
ブライアン「ありがとうございます」
アルヴィン「おっどうも!」

ブライアンとリアンが、それぞれに紅茶と、サクランボが乗ったクリームケーキを配りました。

リアン「それでは、ごゆっくりくつろいでいってください」

リアンは、笑顔で会釈をしました。

シルヴィア「ありがとうございます」
ラル    「ありがとうございますー、おいしそー」

リアンがリビングから下がろうとしたのを見て、アルヴィンが声をかけました。

アルヴィン「あれ、リアンさんは一緒しないの?」

それを聞いて、リアンはゆっくりと答えました。

リアン   「ええ、今日は勉強会と言う事ですから、私まで居ては騒がしくなってしまいますので。
        私は自分の部屋に居ますから、何でも遠慮なくおっしゃってください」
アルヴィン「うーん、そっかぁ」
ブライアン「後片付けは私がしますので、リアンも私達を気にせず、ご自分の事をしてください」
リアン   「はい、ありがとうございます」

そう言うと、リアンは再び会釈をして、2階へと上がっていきました。
リアンの姿が見えなくなった後、アルヴィンは右手で頬杖をついて、「やれやれ」と言った顔をしました。

アルヴィン「あーなんかもう、あれが兄妹の会話だってんだから、ねえ?」

アルヴィンは、隣のラルに話しかけました。

ラル「ねー」

ラルは、早くもアルヴィンに順応していました。

ブライアン「そういう家系ですから」

ブライアンは、紅茶に暖めたミルクを入れながら言いました。

ブライアン「他にミルクが必要な方は居ますか?この紅茶には合いますよ」
シルヴィア「あ、私頂きます」
アルヴィン「俺はないほうがいいかな」
ラル    「私もとりあえずいいや」

ブライアンが、シルヴィアの紅茶にミルクを注いでいると
アルヴィンが、クリームケーキのサクランボをフォークで突っつきながら言いました。

アルヴィン「ところで、そうなると、勉強会ってリアンさんじゃなくて、ブライアンが教えるの?」

ブライアンは、シルヴィアの紅茶が濃い赤から、白みがさした柔らかい茶色に変わった辺りで
ミルクを注ぐのをとめ、アルヴィンの質問に答えました。

ブライアン「ええ、そのつもりですが」

アルヴィンは、右手を顔の前で左右に振って言いました。

アルヴィン「ダーメダメ、君じゃ教えられないよ」
ブライアン「おや、それは心外ですね、なぜです?」

ラルは、きょとんとして言いました。

ラル    「え、ブライアンさん、実は頭悪いとか?」
シルヴィア「ちょっ、ラル!」

アルヴィンは、カラカラと笑って言いました。

アルヴィン「あっはっは、いや逆逆、ブライアンって、IQ160以上で測定出来なかったんだよ
       普通の人の感覚じゃ、絶対ついてけないって」

シルヴィアとラルは、それを聞いて驚きました。

シルヴィア「ええ!」
ラル    「ひええ」

ブライアンは、参ったと言う表情をして、言いました。

ブライアン「はは、それはそれとして、教えるには向いていませんか?」

それを聞いて、アルヴィンは少し困った顔をしました。

アルヴィン「いや性格自体は教師向きかもしれないけどさ、言う事が小難しいんだよ。
       同じレベルの人だと分かりやすいんだろうけどね。
       まーだから、今日は俺が教えてあげるよ、一応俺も大学生だしね」

シルヴィアとラルは、アルヴィンの事をとても親しく感じてきていたため、この申し出を受ける事にしました。

ラル    「あ、でも、シルヴィアって凄く頭良くて、実は今日来たのは私のためだったんだよね」
ブライアン「おや、そうなのですか?」
シルヴィア「すみません、電話では伝えられなくて。
       いつも私がラルと一緒に勉強してたんですけど、私教えるのってあんまり得意じゃなくて。
       ブライアンさんなら、何か良い方法と言うか、良い勉強法を知ってるかなと思ったんです」

ブライアンは、なるほどと思いました。
それを聞いてアルヴィンは、また笑いました。

アルヴィン「あはは、勉強法っても、ブライアンは参考書をパラパラ見るだけだし、参考にならない!あはは」

ブライアンは、ジトッとした目でアルヴィンを見ました。

ブライアン「いえまあ、良いですけどね、ええと、では、シルヴィアさんは現状では特に困ってはいないと言う事でしょうか?」
シルヴィア「あ、ええ、一応ですけど」

ブライアンは、4ヶ月前にミス・フィオナの会場の廊下で、シルヴィアから聞いた話を思い出しました。

ブライアン「それでしたら、シルヴィアさんに少しお話があるのですが、私についてきて頂けますか?」
シルヴィア「え?あ、ええ、はい」
アルヴィン「おっと、じゃ何か知らないけど、俺達は勉強かな?」
ブライアン「ええ、ラルさんにも関連がある話でもあるのですが…シルヴィアさんから後日お伝え願えればと思いますので
       今日の所は、あなたにお任せしてもよろしいですか?」

アルヴィンは、右手を上げて「任せて」と言いました。

ブライアン「それでは、宜しいでしょうか?」
シルヴィア「あ、はい」

シルヴィアは、何だろうと少し不安に思いましたが、立ち上がってブライアンについていきました。

ブライアンは、リビングから廊下に出て、地下へと続く階段を降りていきました。
明かりは点いていましたが、リビングの明るさよりは、かなり薄暗いため
シルヴィアは、うっかり階段を踏み外さないように、慎重に階段を降りました。

階段の突き当たりには木製のドアがあり、ブライアンはそのドアを開けました。
室内は真っ暗だったのですが、ブライアンが手の感触を頼りに明かりのスイッチを見つけ、明かりを点灯させました。
薄暗さに目が慣れていたシルヴィアは、その明かりをとても強烈に感じたため、しばらくの間、目がシパシパしてしまいました。

部屋の中には、大量の本棚が蔵書と共に整然と並んでおり、ちょっとした図書館にも見劣りしない光景が広がっていました。
シルヴィアは、個人の家の地下に、これだけの量の本が蓄えられている事に、驚きを隠せませんでした。

ブライアン「ここは、コールフィールド家が代々…と言うほど格式高いものでもありませんが
       その年に出版された本の中から、面白そうな本をピックアップして買い集め、置いておく場所と言うところです」
シルヴィア「へええ…」

シルヴィアが1冊手近な本を取ってみると、タイトルは、【正しい三毛猫のHowTo・シッポの付け根はたまらにゃい?】と言う、全く意味が分からないものでした。
その本を元にあった場所に戻すと、その本の隣には、別の【正しい三毛猫】があり、シリーズで7冊続いていたため、シルヴィアは不思議な気持ちになりました。
ふと気付くと、ブライアンは、シルヴィアから7歩程遠くの本棚の前で立ち止まっていました。
シルヴィアは、ブライアンに歩み寄りました。

ブライアン「シルヴィアさんにお話したい事と言うのは、この本の事なのです」

ブライアンは、一冊の本を手に取り、シルヴィアに再び話しかけました。

ブライアン「ミス・フィオナの会場の廊下で、スチュアートさんと3人で話していた時
       シルヴィアさんは、ブラッドリー=ミルズと言う人物に会ったとおっしゃいましたね」

シルヴィアは、フィオナ王国騎士団第1隊隊長ブラッドリー=ミルズが
「ラルの事を、悪魔ではなく、ザンティピー人と呼んだ」、と言う事をブライアンに話した事を思い出しました。

シルヴィア「ああ、ええ、覚えてますけど、どうかしたんですか?」

ブライアンは、神妙な顔をして言いました。

ブライアン「ええ、悪魔ではなくザンティピー人、と言う事自体は、全面的に賛成出来る話なのですが
       どうもそのブラッドリー=ミルズと言う人物が気になりましてね」
シルヴィア「はあ…」
ブライアン「と言うのは、言い回しがあまりにも正確過ぎませんか?
       フィオナ王室の歴史学者でも知らないような事柄を…まるで自分が当時、そこに居たかのように」
シルヴィア「えっ、でも、そんな事」

シルヴィアは、「そんな事はありえない」と思いました。
もちろん、ブライアンも同じ気持ちでした。

ブライアン「ええ、そんな事はありえません、ありえないはずです。
       当時のフィオナ、いえ、エムブラースクがこのメリエル大陸に来たのは、300年以上前です。
       300年以上生きる事が出来る人間など、存在しませんからね」
シルヴィア「そうですよね」

ブライアンは、本の表紙のホコリを払いながら言いました。

ブライアン「300年以上生きる種族と言うのは、悪魔…いえ、ザンティピー人になりますか。
       彼がザンティピー人と言うのなら、300年以上前の事を知っていてもおかしくはありませんが
       ブラッドリー=ミルズが、ザンティピー人と言う可能性はないでしょう。

       ザンティピー人ならば、羽や角、シッポ等、身体的な特徴があるはずですし、それらを切り落としたとしても
       定期的に行なわれるバイタル検査で、フィオナ人とは違う何らかの結果が出るでしょうから、長期的に隠蔽する事は不可能です。

       仮にザンティピー人だとしても、騎士団の第1隊は、これまでかなりの数のザンティピー軍の侵攻を止めている武勲の高い隊ですから
       彼がザンティピーのスパイと言う事だったとしたら、その行動には明らかな矛盾が生じます。
       『敵であるフィオナ人の陣頭指揮をして、ザンティピー軍と戦う』、『そして勝っている』」

シルヴィアは、何だか混乱してきました。
しかし、その混乱を拭い去る、一つの考えがありました。

シルヴィア「あ、もしかして、エムブラースク時代からの話を、祖先からずっと継いでいるんじゃないですか?
       一家と言うか、一族の記憶を親から子に語り継ぐと言うか、そんな感じで…。
       浅い考えかもしれませんけど。」

ブライアンは、本の表紙を確認した後、シルヴィアに向き直って言いました。

ブライアン「いえ…ええ、やはり、そう捉えるのが自然なのでしょうね、私も、その考えに賛成します。
       それは良いとしましても、もう一つ不可解な点があります、この本を見てください」

その本は、軽く見積もっても10年は年月が経っていそうな本でした。
シルヴィアは、ブライアンからその本を受け取ると、タイトルをまず見ました。

シルヴィア「フィオナ人名録295年度版?」

ブライアン「そうです、5年毎に発行される、王室や騎士団の要人、芸術家、企業家などの人物名をまとめた本です。
       その中の、【ミルズ】のページを開いて頂けますか?」

そう言われて、シルヴィアは、テーブルに本を置き、【ミルズ】のページを探しました。
途中で【ミール】と言う苗字もチラッと見えたため、「もしかしてマルグリットさんも載ってるのかな」と思いましたが、今は飛ばし
パラパラとページを送ると、目当ての【ミルズ】のページにたどり着く事が出来ました。
このページだけ、良く見ると小さいドッグイヤーが出来ていました。

シルヴィア「ええと、【フィオナ王立騎士団第1隊隊長・ブラッドリー=ミルズ。280年就任295年現職】…え?280年就任…?え、あれ?
       【フィオナ王室インペリアルガード・ダドリー=ミルズ。270年失踪】
       【フィオナ王室政務長官・ジェラルド=ミルズ。240年失踪】
       【フィオナ王立騎士団第5隊隊長・ライオネル=ミルズ。210年失踪】
       【フィオナ王室外交戦略部門長官・ユーリアン=ミルズ。180年失踪】
       …え、これは?ミルズって苗字の人が皆失踪してますよ!?」

ブライアンは、右手の人差し指を曲げ、第二関節を、自分のあごに当てながら言いました。

ブライアン「それですよ、実に不可解です。
       ミルズと言う苗字と、就いている職業から、彼らは血縁関係にあると推測する事が出来ますが
       王室や騎士団の要職についたミルズと言う苗字の者が、丁度30年周期で謎の失踪を遂げているのです。
       180年以前も、その本の記録に残っている限り、フィオナ正史1年目から既にミルズと言う苗字があり、やはり30年周期で失踪しています。
       そして、生命に対して失礼かもしれませんが、現職のブラッドリー=ミルズは、310年現在、まだ失踪していない。
       その事自体は喜ぶべきなのかも分かりません、ただ、現在生存している彼も、今後失踪しないと断言する事は出来ませんね…」

シルヴィアは、だんだんと不気味さを感じてきました。
ミルズと言う苗字の者が、戦没や病没ではなく、全て失踪していると言う事実と
この本からブラッドリーの年齢を考えると、既にブラッドリーは50歳を超えていると思われる事から
自分が目にした、「20代後半から30代前半」に見えた彼が、一体何者なのか分からなくなってきたのです。


一方その頃、勉強に励むラルですが、アルヴィンの教え方がとても良いため
ラルの計算力は、めきめきと上達していました。

ラル    「えーと、で、こうすると答えが1になったよ」
アルヴィン「おおやるじゃん!俺も計算したけどやっぱり1になったよ、これかなりむずい計算なんだけどね。これならいけるね!」
ラル    「ぬふふーん」

ラルとアルヴィンは、笑顔でハイタッチをしました。

ラル    「でも、なんか」
アルヴィン「ん?」
ラル    「これだけ長い計算式書いて、答えが1とかちょっとむなしい気がするんだけど」

アルヴィンは、「あるある」と言った表情をしました。

アルヴィン「問題作る人ってのは、大抵変態なんだよきっと」
ラル    「そんなものかな」
アルヴィン「そんなもんさ、サディストだからこんな問題作れるわけで」
ラル    「あはは、かもねー」

アルヴィンは、笑顔のラルを見て、ふとある事に気付きました。
ラルは、アルヴィンがじっと自分の顔を見ている事に気付き、不思議に思いました。

ラル    「ん?どしたの?」
アルヴィン「あいや、ラルちゃんって、フィオナ城…と言うか俺の家に来た事あるっけ?」

ラルは、きょとんとして答えました。

ラル「え、ないよ?門の前は通る事あるけど、中に入った事はないよ」

アルヴィンは、「そうだよなぁ」とつぶやき、何かを考えていました。

ラル    「どしたの?」
アルヴィン「いやね、ラルちゃんって、いつもどこかで見てる気がするんだよね。
       どこかは良く思い出せないんだけど、城のどっかで毎日見てるんだよ。
       でも城の中に入った事ないんじゃ、見る訳ないしなあ…?」
ラル    「ええ、何それ不思議。誰か似てる人が居るんじゃないの?」

しかしアルヴィンは、フィオナ城の中で働く人達の顔は全員覚えているので、それもないとは思いながらも
ここでいくら話しても答えは出ない事なので、ひとまずこの話はここで区切る事にしました。

アルヴィン「そうだなぁ、まぁそうなんだろうなぁ」
ラル    「そうだよ〜」


ブライアン「仮説を立てますと、大体次のパターンになるでしょうね。

      1、ミルズ家は代々、エムブラースク時代から、何らかの目的を持って王室へ仕官し
        王室内で目的を果たした後、その内容を隠蔽して失踪する。
        そしてその子孫が、再び何かの目的を果たすためにフィオナ王室に仕官している。
        この場合もしかしたら、ミルズ家は、アルダス人、そして可能性は低いですが、ベリンダ人かもしれません。
        失踪先がアルダス、もしくはベリンダと考えると、消えた彼らがフィオナ国内で見つからない事の説明もつきます。

      2、彼はザンティピー人で、エムブラースク時代に何らかの目的を持ってエムブラースク人に成りすまし
        今日まで、フィオナ王室へ仕官と失踪を繰り返している。
        仕官と失踪を繰り返すのは、恐らく年齢を隠すため。
        失踪先は、恐らくザンティピーでしょう。

      3、それ以外の、私達の想像の及ばない何か。

      穴だらけの仮説ですが、現状ではこれ以上の事を推測するには材料が不足し過ぎています」

シルヴィアは、5秒程考えた後、言いました。

シルヴィア「ただ、2番目の可能性は低いんですよね」

ブライアンは、うなずき答えました。

ブライアン「そうですね、先だって言った通り、フィオナ王室や騎士団では定期的な健診がありますから、300年以上その目をかいくぐるのは至難でしょう。
       従って、彼はザンティピー人ではない、とは思います。
       彼の出生記録のデータベースを閲覧出来れば良いのですが、さすがにそこまでプライベートな情報を得る事は出来ません。
       また、仮に閲覧出来たとしても、彼自身の手で改ざんされている事も考えられます」
シルヴィア「そうですよね…ミルズ家が目的とする「何か」って、一体なんなのだろう…」
ブライアン「ええ、それさえ分かれば、彼に関するパズルは8割方完成するとは思うのですが
       何しろミルズ家は、300年以上その事を隠蔽しながら活動している訳ですから、これを探るのは並大抵ではありませんね」

シルヴィアは、ハッと気付きました。

シルヴィア「ブライアンさんは、騎士団に入ったら、もしかしてその事を探るつもりですか?」

ブライアンは、微笑しながら言いました。

ブライアン「ええ、好奇心もありますが、どうも彼の事は、放っておいて良い存在ではない気がするのですよ。
       シルヴィアさんとラルさんが彼から聞いた、「本当の悪魔」と言うワードが非常に気になるのです。
       ミルズ家の目的が、その「本当の悪魔」に関する事なら、いつかラルさんとラルさんの家族
       そして、親交の深いシルヴィアさんも、何らかの危険に巻き込まれるかもしれない。
       それだけは食い止めねばなりませんからね」

シルヴィアは、ブライアンの事が心配になりました。

シルヴィア「でも、何だかすごく危険な気がします。
       もしかしたら、ブライアンさんのように、この事に気付いた人は居たのかもしれない。
       でも、そういう事が情報として出て来ないと言う事は、つまり…」

ブライアンは、「うん」とつぶやいて言いました。

ブライアン「その懸念もありますが、私はマルグリットと「死なない」と言う約束をしていますのでね。
       どんな状況下でも、私は生き残ってみせますよ」

シルヴィアは、数秒下を向いた後、決心しました。

シルヴィア「そうですか…うん、私も、ラルとラルの家族を守るために、出来る事を精一杯しようと思います。
       私では力不足かもしれないけど、少しでもミルズ家の核心に迫れるように手伝います」

ブライアンは、シルヴィアからフィオナ人名録295年度版を受け取ると、表紙を見つめた後言いました。

ブライアン「その気持ちは大変嬉しいのですが、シルヴィアさんやラルさんを守るのは、私やアルヴィンにお任せ願えますか?
       シルヴィアさんにこの話をしたのは、もう彼、ブラッドリー=ミルズには
       どんな理由でも近づいて欲しくない、と言う事を申し上げておきたかったからなのです。
       彼と面識のあるシルヴィアさんが、自ら動く事はない」

シルヴィアは、両手をぐっと握り締めて言いました。

シルヴィア「いいえ、ブライアンさんのお願いでも、それは聞けません。
       ラルとラル達の家族を守るのは、オールディス家の使命なんです」

「使命」と聞き、ブライアンは驚きました。

ブライアン「使命、ですか?」

シルヴィアは、右手を胸に当てて言いました。

シルヴィア「はい、ラル達がフィオナ城下町に移り住んできた時、私達オールディス家は、ラル達を全力で守る事を約束したんです。
       たとえ、町の人達皆に嫌われても、ラル達の存在を認めさせるって、そう誓ったんです。
       もし、ラル達の命を脅かす存在があるなら、オールディス家はそれと全力で戦います」

シルヴィアの瞳を見て、ブライアンは、シルヴィアの華奢な体の中に、何者にも壊す事が出来ない強固な心がある事が分かり
ラル達が今、一般の人と同じように生活出来ているのは、オールディス家
中でもシルヴィアの存在が、とても大きいと言う事を理解しました。

ブライアン「そうですか…分かりました、しかし、この事は誰にも口外しないようにお願いします。
       ラルさん達家族を守るには、こちらがミルズ家の事に気付いたと言う事は、隠さなければなりません。
       まずは、ミルズ家そのものが、私達やフィオナにとって害のある存在なのか
       それを慎重に見極め、その上で対処していく事にしましょう」

シルヴィアはうなずきました。

シルヴィア「分かりました…これは、ラルには言わない方が良いですよね」
ブライアン「そうですね、先ほどまでは、ラルさんにもお話する気持ちでいましたが
       やはり漠然とした不安を与えるのみとなってしまうでしょうし、やめておきましょう。
       私もこの事は、アルヴィンにだけ話す事にします、彼はああ見えて口が固いですし、力のある立場に居ますしね」

ブライアンは、フィオナ人名録295年度版を本棚の元の位置に戻しました。

ブライアン「さて、では戻りましょうか?」

シルヴィアは、うなずきました。

シルヴィア「はい、あっそうだ」
ブライアン「なんでしょう?」

シルヴィアは、7歩歩き、本棚から7冊本を取り出しました。

シルヴィア「この本、借りて良いですか?」
ブライアン「ええ、構いません。いえ、そうですね、この書庫自体もうあまり利用していませんので、宜しければ差し上げますよ。
       上で適当な大きさの袋を用意しますので、それでお持ち帰りください」
シルヴィア「ありがとうございます!」

ブライアンは、シルヴィアがその本を持って階段を戻るのは大変だろうと思い、シルヴィアから本を受け取り運ぶ事にしました。
シルヴィアは申し訳ない気持ちになりながらも、確かに自分の腕力では7冊の厚い本を持って階段を戻るのは大変なため、素直に厚意に甘える事にしました。
シルヴィアが先に書庫から出て、ブライアンがその後に続き、書庫の電気を止めてから扉を閉めました。
書庫の中は真っ暗になり、再び誰かがやってくるまで、大量の蔵書は、しばしの眠りについたのです。

リビングにシルヴィアとブライアンが戻ると、丁度数学の問題集の最後の計算式を解いている、ラルとアルヴィンの姿がありました。
ブライアンの自宅に来る前は、1問を解くにもとても時間が掛かり、正解率もかんばしくなかったラルとは、まるで別人のようでした。

アルヴィン「お、帰ってきたし」
ラル    「おかえり〜」

ラルは、右手を振り振り答えました。

シルヴィア「うわっラル、もう最後の問題なの!?」
ブライアン「ほう!それはすばらしい」

ラルは、誇らしげな笑みを浮かべました。

ラル「むふふ〜ん」

シルヴィアは、自分の教え方では、ラルは上手く覚えられなかったため
ちょっとアルヴィンに嫉妬しましたが、それ以上にラルの成長を喜びました。

ラル    「よし解けた!」
アルヴィン「よっしゃ!やったね!ああ、ブライアン、一応答え合わせしてくれる?」
ブライアン「ええ、分かりました」

ブライアンは、問題集をラルから受け取ると、どこからともなく赤エンピツを取り出し、問題集の1ページ目から答え合わせを始めました。
そのスピードは尋常ではなく、1問につき3秒掛かるか掛からないかと言うペースでマルを記入していったため、シルヴィアとラルは、唖然としてしまいました。
またたく間に問題集の全問にマルをつけ終り、またブライアンは、手品のように赤エンピツをどこかに消し去りました。

ブライアン「すばらしいですね、ほぼ全問正解です。
       間違っている箇所も、乗算の位置を勘違いしてしまったと言う程度です」
シルヴィア「すごいねラル!」

ラルは、恥ずかしさで体をクネクネさせました。

ラル「えへへ」

その後、自室から出てきたリアンも交え、シルヴィアとラルが、フィオナ王立アイテリエー高校を目指してる事。
ブライアン、アルヴィン、リアンもアイテリエー高校出身と言う事。
そして3人とも、ステュークス・フィオナ王立大学へ入学した事。
アイテリエー高校の試験の対策やクラブ活動の事などを、紅茶を飲みのみ、楽しく談笑しました。
しかし、地下書庫での事は、ブライアンとシルヴィアは、話題には出しませんでした。
そうしている内に、午後4時30分を回ったため、明日のためにシルヴィアとラルは帰宅する事にしました。

ブライアン「それでは、またいつでも遊びにいらしてください」
リアン   「お待ちしています」
アルヴィン「俺も土日は結構ブライアンの家にいる事多いし、俺の家の方にも気軽に遊びにきてよね。
       シルヴィアちゃんとラルちゃんの事は、話通していつでも入れるようにしておくからさ」

シルヴィアとラルは、玄関先で、3人に会釈をしました。

シルヴィア「はい、ありがとうございます!」
ラル    「またね〜!」

フィオナ城下町の「カーラ」門に向かう帰り道、ラルはシルヴィアに質問をしました。

ラル「ところで、ブライアンさんと何の話したの?」

シルヴィアはドキッとしましたが、ブライアンとの約束を守り
またラルに不安を与えないために、ごまかす事にしました。

シルヴィア「えーとね、ミス・フィオナの会場で、ブライアンさんに三毛猫が好きだって言ったら
       お勧めの本があるって話になって、今日その本をくれたの」

シルヴィアは、ブライアンがくれた手さげ袋から「正しい三毛猫」シリーズを取り出して、ラルに見せました。

ラル「ふーん?」

カーラ門では、エーリアル地方へ行く時に会った男性の騎士とは違う
黒髪でロングヘアーの、優しそうな女性騎士が警備をしていました。
シルヴィアとラルは、その女性騎士にちょっとおじぎをして、城下町へと帰っていきました。

そして数ヶ月後、シルヴィアはフィオナ王立アイテリエー高校を受験し、全科目をトップクラスの成績で合格。
ラルも1年後、数学はアルヴィンの指導のおかげでトップを取り、他の科目も及第点となり、見事合格する事が出来ました。

2人とも無事にアイテリエー高校への入学を果たし、シルヴィアとラルはホッとしましたが
シルヴィアは、心中で、得体の知れない騎士、ブラッドリー、そしてミルズ家への警戒心が、徐々に大きくなっていくのを感じていました。



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