「メル=アルカード」、旧姓は「キャロット」。
夫は、クレメンスの冒険者であり、地質学者でもある「ラルダン=アルカード」。
子供は、娘が1人、「ラル=アルカード」と言います。

メルは、他の人とは違う、ちょっと変わった特徴を持ちます。
それは、フィオナ人やアルダス人が「悪魔」と呼ぶ存在である、ザンティピー人の血を引いていると言う事です。

本来ザンティピー人は、フィオナやアルダスを敵視しており
またその理由もフィオナとアルダスにあるため、両者と戦争以外で関わる事はありません。
それでは、なぜメルは、フィオナ人であるラルダンと結婚し、フィオナで暮らしているのか?
今回は、それをひも解く事にしましょう。


メルの旧姓は「キャロット」ですが、メルは本当の所、生来の自分の本名を知りません。
なぜなら、メルと言う名前も、キャロットと言う苗字も、あるフィオナ人の夫婦に与えられたものだからです。

フィオナ暦134年、今から176年前の事です。
フィオナ王国の郊外、人口は150人に満たない小さな「シャズネイ村」に、一つの事件が起こりました。
ある雨の日、自慢のニンジン畑に、雨よけのビニールシートをかけようと、倉庫から道具を持ち出したキャロット夫妻は、異変に気付きました。
ニンジン畑の側に、1人の女性と、その子供と思われるまだ小さな女の子が、倒れているのです。

キャロット夫妻は、ビニールシートを投げ出し、何事かと慌てて駆け寄りましたが、その女性と女の子が、普通の存在ではない事にも気付きました。
なんと、その女性と女の子には、「羽としっぽ」が生えていたのです。
キャロット夫妻は、「もしかして悪魔なのでは」と恐怖を覚えましたが、放っておく訳にもいかないため
女性の方を、夫のデリックが背負い、女の子の方は、妻のメルヴィナが胸に抱え、連れ帰る事にしました。

キャロット夫妻は、親から受け継いだ、木造の立派な家に住んでいました。
とりあえず、リビングのソファーに女性と女の子を安置し、2人の体を確かめると、特に重大なケガもなく、しっかりと呼吸もしていたため
気を失っているだけだと分かり、デリックもメルヴィナもホッとしました。
しかし、女性も女の子も、長時間雨ざらしだったのか、体が冷え切っていたため、デリックは、暖炉の火力をボウボウと上げ
メルヴィナは、2人が目を覚ました時に備え、簡単なスープを作りました。

体温が上がったためか、まず、軽いうめきと共に、女性が先に目を覚ましました。

女性「う、あ…?えっ、ここは!?」

女性は、横たわっていたソファーから、ガバッと身を起こしました。
スープの味見をしていたメルヴィナは、驚いて小皿をステンレスのシンクに落としてしまい、「ボン」と大きな音を立てました。
その音に反応し、女の子の方も目を覚ましました。

女の子「う、ああ、うわぁぁん!」

女の子の声に、女性がハッと反応し、隣のソファーに横になっていた女の子を急いで抱きかかえました。
その様子を見たデリックとメルヴィアは、女性が女の子に対してしっかりと愛情を持っていると理解し、安心しました。

デリック「あーえーと、何と言ったらいいのかな…大丈夫ですか?」
女性  「あ、あの、私…なぜこんな所に…」

メルヴィナは、鶏がらベースのワカメスープを、女性の前のテーブルに置き、女性にすすめました。

メルヴィナ「とりあえず、体が冷えているみたいですから、おあがりください、お話はその後にでも」
女性    「しかし、私は…」
デリック  「今あなたがここに居る事を知るのは、私達以外誰も居ません…居ないよね?」
メルヴィナ「多分居ないわね」
デリック  「多分居ないそうですから、安心してください。
        私達では計り知れない事情があるのでしょうけど、一休み位良いでしょう?」

女性は、キャロット夫妻の親切さにうろたえました。

女性「あの、私はザンティピーの…あなた方の言う「悪魔」なのですが、怖くないんですか?こんな親切にして頂いて」

デリックとメルヴィナは顔を見合わせました。

デリック「その、あなたの、女の子をすぐに守ろうとした態度で分かりました、『この人も、人の親なんだ』と。
      私達に子供は居ませんけど、私達の親からもらった愛情が、それを教えてくれてますよ」

女性は、涙を浮かべて搾り出すように言いました。

女性「ありがとうございます…」

メルヴィナは、ニコッと笑顔を浮かべて言いました。

メルヴィナ「そうそう、あと、ミルクも温めておきましたから、その子に飲ませてあげてください。
       哺乳瓶は、私がその子位の時に使っていたものですけど、構わないでしょう?」

女性は、頭を下げて言いました。

女性「ありがとうございます!」

女の子は、ミルクを飲み干すと、疲れていたせいか、お腹が満たされて安心したせいか、すぐに寝てしまいました。
女性も、それを見て安心して、自分もスープに手を付けました。

女性「おいしいです」

女性に笑顔が戻り、デリックとメルヴィナも、微笑みました。

メルヴィナ「良かったわ」

スープを飲み干し、人心地ついたところで、女性は話し始めました。

女性  「あの、既にお話した通り、私はザンティピー人、ザンティピーから来ました。
      事情は、話すと長くなりますが…でも、私はすぐに行かなければならないのです」
デリック「…ええ、こんな場所で倒れている位ですから、のっぴきならない事情がある事は分かります。
      しかし、こうして会ったのも何かの縁ですし、私達に出来る事はありませんか?」

女性は、何か言いたそうにしてデリックを見ましたが、すぐに目を伏せてしまいました。

メルヴィナ「…それにしても、かわいい子ですね、私達は子供が出来なかったので羨ましいですよ。
       お名前は何とおっしゃるんですか?」
女性   「名前、ですか?」

女性は、うつむいて考えた後、答えました。

女性「名前、あまり良い名前ではないんです。
    せめて、この子には幸せになって欲しかった、でも…」

女性は、肩をすくませました。

デリック 「…分かりました、とりあえず今日はもう遅いですし、泊まっていってください。
      どこへ向かっているのかは存じませんが、その子も疲れているようですしね」
女性   「すみません、助かります、何もお答え出来ていないのに」
メルヴィナ「気にしないでください、客間にはベッドが1つしかありませんが、その子と一緒の方が良いでしょう?」
女性   「はい、ありがとうございます」

デリックとメルヴィナは、女性を客間に案内した後、自分たちも寝室へと入りました。
色々な考えが頭をよぎりましたが、話を聞くのは明日でも良いだろうと言う事になりました。

そして女性は、朝を迎える前に、キャロット家から姿を消しました。
女の子と、一通の手紙を残して。

涙の後が残った手紙には、女性の悲痛な思いがつづられていました。


『 昨晩は、本当にありがとうございます。
 私達がザンティピーを出てから半年、人の温もりを感じたのは、昨晩が初めてでした。
 本当に感謝しています。

 私達は、「ラヴィニア」と言う種族の者です。
 ラヴィニアは、134年前のあの日より、同郷であるザンティピー人より迫害を受けています。
 私達は、ラヴィニア自治区と呼ばれる地域で生活していますが
 ザンティピーのために献身的な活動をしなければ、命の保障はありません。

 例え、それがどんなに汚い事だとしても…。

 私達がフィオナへ入国したのも、その活動のためです。
 これから、もしフィオナに重大な事件が起きたとしたら、それは私のせいです。
 しかし、それと同時に、恐らく私は命を失うでしょう。

 その前に、お願いしたい事があります。
 どうか、この子に、人並みの幸せを与えてあげてくださらないでしょうか?
 私では、ラヴィニア自治区では、この子はいずれ私と同じ道をたどる事になるでしょう。
 この子がもしザンティピーのために命を失うと考えると、私は身も心も引き裂かれる思いです。

 勝手なお願いだとは分かっています。
 しかし、私には、それ以外にこの子を幸せにする方法が思いつきません。
 どうか、お願い致します。』


デリック 「そうか…彼女は、昨晩、「この子を預かってくれ」と言いたかったんだ。
       でも、言えなかったんだろうな…」
メルヴィナ「…バカな人」
デリック 「何だって?」

メルヴィナは、ため息をついて言いました。

メルヴィナ「バカじゃないのよ、彼女もここに残って、一緒に暮らせば良かったのよ。
       この子の幸せを考えれば、それが一番だと言うのに…バカな人よ」
デリック 「そうかもな…もっと、強引にでも話を聞いて…引き止めれば良かったよ」

2人が話をしていると、女の子が目を覚ましました。
昨日まで母親が居た辺りを調べるように這い、そして母親が居なくなった事を悟り、火がついたように泣き始めました。

女の子 「うわぁぁぁん!」
デリック 「いかん!どうしよう!」
メルヴィナ「ええと、あなたはミルクを温めてきて!私は…うん、今日から私がこの子の母親になるわ、あなたが父親ね」
デリック 「…はは、まあそうなる気はしてたけどさ…でも、悪くはないね。おっとミルクか」

メルヴィナに抱かれてミルクを飲む女の子を見て、デリックは言いました。

デリック「うん、この子は、『メル』…メル=キャロットだ」


それから60年。
メルは、ザンティピー人の血を引いているだけあり、60歳を過ぎても、20歳の時の姿と変わりませんでしたが
デリックは2年前、88歳で病死し、メルヴィナも、90歳を越え、「寿命」を迎えようとしていました。

メルヴィナ「私は、幸せね、メル、あなたの母親として死ねる事が本当に幸せ」
メル    「お母さん…」
メルヴィナ「メル、今まで聞かれた事はなかったけど、あなたの本当のお母さんの事、知りたい?」

メルは、首を横に振りました。

メル    「ううん、私の本当のお母さんは、メルヴィナ=キャロット。世界でただ1人だから」
メルヴィナ「ふふ、そう、良かった…」
メル    「…お母さん?」
メルヴィナ「…」


メルヴィナの葬儀には、村中の人が駆けつけ、村中の人が悲しみました。
その中で1人、メルヴィナだけが、白木の箱の中で微笑んでいました。


村人「ういー、メーさんや、昨日水差しの柄が取れちまったんだが、接げるかねこれ?」
メル「ええ、これなら大丈夫ですね、明後日取りにいらして頂けますか?」
村人「ういっす、頼むよ、じゃあねー」

メルは、ガラス工芸品の制作と販売を生業にしていました。
今は亡きデリックとメルヴィナから、畑作業も教えられたのですが、メルが育てると、愛情を注げば注ぐほど、なぜか不思議と早く枯れてしまうため
畑作業を継ぐ事はせず、15歳の時から、村で一番上手く工芸品を作る「パメラ=ソーパー」女史に弟子入りし、技術を習得していました。

メルとパメラは、45年の付き合いとなり、親友とも呼べる存在ですが
作品の方向性に限っては、角付き合いをする事もありました。
しかし、お互いを高めあう事で、メルとパメラには、シャズネイ村だけでなく、フィオナ王室からも注文が来るほどになっていました。
ただ、当時メルの存在がフィオナ王国に漏れると厄介な事になるため、メルは「マティルダ=アルフォード」と言う偽名を使っており
フィオナ王国では、大胆さのパメラ、繊細さのマティルダと言う通称が出来た程です。

メルは70歳、パメラも87歳と老齢となり、パメラは、手先が鈍り、思うように作品が作れなくなりました。
パメラのベッドの横には、メルが作った花瓶に、パメラが好きなバラがささっていました

パメラ「メー、アンタが羨ましいわ、アンタは何歳まで作り続けられるのかしらね?」
メル 「さあ、分からないわ。でも、死ぬまで作り続けるでしょうね」
パメラ「ふふ、さてと、今日はアンタにこれを渡したくて呼んだのよ」

パメラは、ベッドからゆっくり立ち上がり、よろよろと本棚へ向かうと、1冊のノートを取り出し、メルに手渡しました。

メル 「これは?」
パメラ「んふ、アタシの秘伝の技術ノートってとこかしら?アンタの作品は線が細すぎるからねえ。
     これを見て、アタシの大胆さを取り入れて欲しいのよ」
メル 「パメラ…」

パメラは、微笑みました。

パメラ「アタシはもう作品は作れないけど、アタシの技術が、アンタの作品に融合されて生きるのよ。
     アタシの手と魂が、アンタの手に宿るってわけね、ふふ」
メル 「うん…」
パメラ「…いやね、アンタ泣いてるの?芸術家は泣かないのよ」

メルは、涙を流しながら、精一杯の笑顔でこたえました。

メル 「これからは、パメラと一緒に造るからね」
パメラ「ふふ、ありがと…」

その翌年、パメラは亡くなりました。

メルは、悲しみに心が支配されましたが、パメラの魂が自分に宿っていると信じ、より作品造りに没頭しました。
その作品は、パメラの大胆さとメルの繊細さが融合したすばらしいものでしたが
どこか、人の悲しさを訴えるような、見るものの涙を誘うような、壊れてしまいそうな雰囲気を持っていました。

この時からメルは、「自分は、あまり人と関わってはいけない」と思うようになりました。
人と深く関われば関わる程、その人が亡くなった時、自分を悲しみが覆う
それを理解し、メルは、ある意味で自分の存在に絶望感を感じていたのです。

自分は、一体いつ死ぬ事が出来るのか?
そして、自分が死ぬ時、メルヴィナやパメラのように幸せを感じて死ぬ事が出来るのか?
孤独の中、誰にも自分を理解される事がなく、寂しく死んでいくのだろうか?
メルは、夜寝る時、そう言った事を考え、恐怖するようになっていきました。

ある男性と出会うまでは…。

パメラの死から87年、メルは157歳になっていました。
外見は20歳の時と変わりませんが、心はかたくなになり、生活のために機械的にガラスをいじるだけの毎日となっていました。
近所付き合いは、最低限はしているものの、「この人達もいずれ私より先に死ぬ」と思うと、深く会話する気には、なれなかったのです。
近所の人達も、「メーさんは良い人だけど、どこか物悲しい」と感じていました。


その日、シャズネイ村に、フィオナ王室から依頼を受けたクレメンスの冒険者達がやってきました。
何でも、「シャズネイ村、および近隣からレアアースが採掘出来る可能性がある」と言う事が分かり
その調査のため、クレメンス所属の冒険者兼地質学者達が、1ヶ月程シャズネイ村に滞在したいと言うのです。
村人達は、フィオナ王国はもちろん、自分達のためになる事でもありますから、二つ返事で了承しました。

15人の調査団の陣頭指揮に立つのは、「ラルダン=アルカード」、後のメルの夫でした。
自分以外の冒険者は、それぞれ空き部屋のある民家に泊めてもらう事を村人に了承してもらいましたが
自分は、採掘・実験機材の保護・点検のために、機材の側にテントを張って泊まる事にしました。

また、村人に聞いた話では、村の最年長者は「メル=キャロット」と言う女性である事と
ガラスの原料を採取するために、山地によく足を運んでいるという事が分かったため
「それなら、調査に協力してもらえるだろうか?」とラルダンは思い、メルの住む(デリック、メルヴィナ夫妻と共に過ごした)木造住宅へと向かいました。
しかし、ラルダンは、村人が言った「メーさんは確か150歳を過ぎていたかな」と言う話は、当然信じていませんでした。

メルの住む木造住宅の呼び鈴を鳴らし、15秒程待つと、玄関の扉が開きました。
メルの顔が見えたため、ラルダンはすぐに頭を下げ、ポケットから名刺を取り出して挨拶をしました。

ラルダン「初めまして、私はクレメンスの冒険…」

そこで、ラルダンはメルの姿をまともに見て、衝撃を受けました。
メルには羽としっぽが生えているため、それにまず驚いた事もありますが、それ以上に「メルのあまりの美しさ」に驚いたのです。
ラルダンは、心臓の鼓動が激しくなり、顔が紅潮しているのが自分でも分かりましたが、挨拶を止める訳にはいきませんでした。

ラルダン「ええ、失礼しました、ええ、私はクレメンスの冒険者兼地質学者のラルダンと申します。
      ええ、こちらに、メル=キャロットと言う女性が居られると聞いて来たのですが…」
メル   「はい、ええ、私ですが」

ラルダンは、その言葉にも衝撃を受けました。
メルは、どう見ても20歳前後にしか見えなかったため、「村で最年長」と言う言葉と明らかに食い違うのです。
ラルダンがマゴマゴとして何も言えないで居るのを見て、メルは何だか可笑しくなりましたが、用件を聞く事にしました。

メル「あの、それでご用件は…?」

ラルダンは、ハッとしました。

ラルダン「失礼しました!それでですね、この村や近隣から、レアアースが採掘出来る可能性がある事が分かりまして
      メルさんは山地に足を踏み入れているとの事で、もし良ければご協力を得られないかと思いまして」

メルは、なるほどと思いました。

メル   「ええ、私で宜しければご協力させて頂きます」
ラルダン「ありがとうございます、それでは、明日仲間と共にお伺いしますので」
メル   「はい、あ、泊まる場所などはどうされているのですか?この村には宿泊施設はありませんが…」
ラルダン「ええ、私以外の仲間は、村人の方に、自宅に泊まらせて頂く事を了承して頂きましたので」
メル   「ええと、それでは、あなたは?」
ラルダン「私は、実験器具などの保全もありますから、機材の側にテントを張って野営するつもりですよ」
メル   「え!それは危険です!」

ラルダンは、びっくりしました。

ラルダン「な、なんです?」
メル   「この辺りは、夜になると野生動物が山から下りて来ますので、野営などとんでもない事です。機材も壊されるかもしれませんよ」

ラルダンは、それを聞いてぎょっとしました。

ラルダン「そう、ですか…うーん、困ったな」
メル   「今から宿泊場所を探すのも大変でしょうから、ラルダンさんは、私の所に泊まってください。
      この家には倉庫もありますから、実験器具などを置くスペースも十分ありますし」

ラルダンは、それを聞いてドギマギしました。
元々女性に対して奥手の方なのに加え、珍しく「一目惚れ」してしまった女性の家に泊まるなど
自分の神経がどうにかなってしまいそうな気がしたのです。

ラルダン「それはとてもありがたいのですが、女性の家に泊まると言うのは…」

それを聞いて、メルも顔を少し赤らめて躊躇しましたが、野営をすると言う事は、ラルダンの命の危険が伴うため、そうも言っていられませんでした。
また、何より、自分が子供の時、デリックとメルヴィナが、得体の知れない自分と母親を守ってくれた事実が、大きな感情となっていたのです。

メル「元々、私と私を産んだ母も、この家に住んでいたキャロット夫妻に助けられた身なんですよ。
    ここでラルダンさんを助けられなければ、私は夫妻に…父と母に見捨てられてしまいます」

ラルダンは、メルが何か大きなものを背負っている事を感じ取り、それなら断るのも悪いと思い
恥ずかしながらも、メルの家に泊めてもらう事にしました。
採掘・実験機材は、2人の仲間と共にメルの自宅の倉庫に運び込みました。
運んでいる途中、仲間の1人「リチャード」が、ラルダンに話しかけました。

リチャード「なあラルダン、彼女ってさ、悪魔なんじゃないの?」
ラルダン 「うーん、まあそうだと思うけど、話してみると優しい女性だよ。
       何か意外だな、悪魔ってのは皆残忍なもんだと思ってたよ、後見た目も醜悪なもんだと思ってた」
リチャード「そうだなぁ」
ラルダン 「そう思うと、羽やしっぽも可愛く見えてくるね、良いもんだね」

ニコニコと話すラルダンに対し、リチャードは、ある懸念を抱きました。

リチャード「なあ、まさか惚れたとかじゃないよね?」

ラルダンは、顔を真っ赤にしました。

ラルダン 「んな訳ないだろ!…と思うんだけど、彼女を見てると何か胸が苦しいんだよな、オレやばい?」
リチャード「かなりやべえな、泊まってる時に手出したりするなよ?後々困るのアンタだよ」
ラルダン 「分かってるさ、叶わぬ恋だって事位…」


それから2週間が経ちました。
メルの協力もあって、採掘されるレアアースの種類、そして今後採掘出来る量の概算が予定より早くまとまりつつありました。
メルとラルダンも、一緒に暮らす内に打ち解けており、メルにとっては、100年振りに出来た「家族」で、昔の温もりを少し取り戻した気持ちになり
仲間に対して的確な指示を出し、自らも積極的に動くラルダンに、知らず知らずの内に心を引かれていました。
ラルダンも、メルの外見だけでなく、内面もすっかり好きになっていました。

それから3日、提出する資料が予定より1週間以上早くまとまり、ラルダン達調査団も、3日後にフィオナに帰還する事になりました。
しかし、それはラルダンとメルの別れの時が近づいた事を意味しているのです。

2人は、夕食をとりながら話しました。

メル   「今までお疲れ様、私も楽しかったわ」
ラルダン「うん…なあ、メル」
メル   「ん?」
ラルダン「オレの気持ち、もう分かってるよね」
メル   「…うん…」
ラルダン「オレは、この村に残るよ」

メルは、ラルダンの気持ちがとても嬉しかったのですが、自らの心を縛っているもの
「死」より恐ろしいものが、メルの心の奥底から顔を覗かせました。

メル   「ありがとうラルダン、でも、ダメよ」
ラルダン「なんでだい?」
メル   「あなたは、必ず私より先に死んでしまうもの…。
      私はもう、自分の大事な人が、過去の思い出になってしまう事に耐えられないのよ」
ラルダン「…」
メル   「私の両親も、親友のパメラも、そして村の人も、皆私より先に亡くなったの。
      皆安らかな、幸せそうな顔だったわ…でも、私は、大事な人の死に触れるたびに、『自分は幸せに死ねないだろう』って思うの。
      特に、ラルダン、あなたの死には、触れたくない、これ以上私は…」

メルは、涙を流しました。
ラルダンは、そっとメルを抱き寄せました。

ラルダン「オレは…死なないとは言えない、でも…メルが許してくれるのなら、メルと同時に死ぬ」
メル   「え…?」
ラルダン「オレ自身、恐ろしい事を言ってる事が分かるが…つまり、メルを殺して俺も死ぬって事だよ、いや、同時に死ぬよ、何かの方法で」
メル   「ラルダン…」
ラルダン「それだけ、メルの事を愛してるって事を分かって欲しい。
      それに、オレも、君の過去の思い出になるなんて真っ平ゴメンだよ。
      でも、オレはもう君が居なくては生きられないんだ、このままオレが死んだら、オレはメルの思い出になってしまうよ?」

メルは、クスクスと微笑みました。

メル   「ふふ、ラルダン、あなた『イカレてる』わね」
ラルダン「はは、確かにイカレてるかもね、こんなにイカレたのは、メルが初めてだな」

メルは、ひとしずく涙を落とした後、こたえました。

メル   「分かったわ、私は…ラルダン、あなたと一緒になります」
ラルダン「そうか…良かった」
メル   「でも、調査団の方はどうするの?報告とか、ラルダンが団長なんでしょ?」

ラルダンは、ちょっと困った表情を見せましたが、すぐに代替案を考えました。

ラルダン「なに、副団長のリチャードに任せればいいさ、ああ見えてリチャードはキレ者だからね。
      オレが居なくても、何とかやってくれるさ」
メル   「そう…確かに彼なら大丈夫そうね」


そして翌日、ラルダンはリチャードに相談しました。

リチャード「ああはいはい、こうなる事は分かってたよワタシは」

リチャードは、両手を広げて「やっぱりか」と言う仕草をしました。

ラルダン 「悪いなあリチャード…叶わない恋なんかないんだよ」
リチャード「そんなん知らんよ、まあアンタが抜けた理由はゴジョゴジョ操作すれば良いけど、ここに住むのか?」
ラルダン 「まあ当面はそのつもりだけど、オレも冒険者だからなあ、その内フィオナに戻らないといかんし、戻るときはメルと一緒に戻るよ」

リチャードは、「うーん」とうなりました。

リチャード「確かにオレらは、メルさんが普通の女性だって分かってるけどさ、城下町じゃそうはいかんぜ?」
ラルダン 「うーんまあ、しかしなあ、どうしようもないしなあ、何とかするさ」
リチャード「…まあ分かったよ、何とかしてくれ、で、提出する資料はこれで全部か?」
ラルダン 「うん、これだけだね。それにしても、思ったよりレアアースの種類も量も豊富だねここは
       それに村の中と言うより、近くの山地で採掘出来るから、村が掘り起こされたりする心配もなさそうだ」

リチャードは、資料をバラバラと確認しました。

リチャード「オーケー、中々優良物件だね、後はクレメンスと王室が適当に発掘隊でも組むだろうね、村に謝礼も出るだろう」
ラルダン 「ああ一つ、ここは夜が物騒だから、発掘隊のキャンプには護衛隊をつけるように言っておいてくれ」
リチャード「了解、それじゃあオレらは2日後、アンタよりひと足先に帰るよ、嫁さん大事にしなよ」
ラルダン 「ああ、ありがとう、元気でな」

2日後、リチャード達調査団を村中の人が見送り、その中には、ラルダンとメルも居ました。
村の人達は、心を閉ざしていたメルが、誰かと交際するとは思わなかったため、大げさな言葉にはせずとも、心から喜んでいました。

それからと言うもの、メルの造るガラス工芸品は、大胆さと繊細さに加え、「優しさ」を感じさせる作品となり
かつての「悲しさ」を訴えるような作風は、全く見られなくなりました。

そして、メルの体には、新たな命が宿ったのです。

産まれたしっぽのある女の子は、「ラル」と名付けられました。
そして将来、ラルは、メリエル大陸において重要な存在となるのですが、それはまた、のちのちのお話となります。



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