シルヴィアが「フィオナ王立アイテリエー高等学校」に入学してから、早1年が過ぎました。

アイテリエー高等学校では、クラブ活動が、運動部から文化部まで、総数50種類を超える部があり
入退部は自由、掛け持ちも自由となっており、入学してから大体半年程で、皆、自分の好きな部を決めるのですが
シルヴィアは、どの部が自分の好きな部なのか、いまだに決めかねていました。
1〜2週間程体験入部しては、また別な部を体験入部すると言う事を繰り返していたのです。

元々シルヴィアは、「将来何になりたいか」と言うものを、あまり考えずに過ごしてきたため
自分が何をしたいのか、漠然とも考えられなかったため、どの部活が好きなのかも分からなかったのです。
そしてそれは、心の底で「将来への不安」にもつながっている事に、シルヴィア自身、うすうす気付いていました。
シルヴィアは、自分は何が好きなのか、何になりたいのか、すなわち「自分の正体」が分からず、毎日焦っていました。

あの日までは…。


日曜日のある日、シルヴィアが暮らすオールディス家の隣、つまりラルが暮らすアルカード家に、訪問客がありました。
アルカード家の前に、一台の馬車が止まり、2人の男性がそこから降りてきました。
一人は、20代後半に見える、長身の痩せ型、白い肌に切れ長の目をしており、ゴシック調の礼服を着ていました。
長身の男性は、従者とみられる男性に小声で話しかけました。

男A「…さて、ここが例の女が住むところだが、気を抜くなよ、馬はすぐ走れる体勢にしておけ」

もう一人の、若く、胸板の厚い、馬を操る従者の格好をした男性も答えました。

男B「まあ、そんなに気張らなくても、心配には及ばないでしょう、女一人『さらう』位」

長身の男性は、少しあきれた口調で諭しました。

男A「物事は完璧じゃなきゃいけないのだよ、何かの『例外』が起きる事は茶飯事だ、しかし、完璧に物事はこなさなきゃならん、分かるか?」
男B「分かりましたよ、完璧に、ですね」
男A「ふん、行くぞ」

そう言うと、長身の男性は、アルカード家の呼び鈴を押しました。

女性の声「はい、アルカードです」
男A    「どうも、わたくし、フィオナ国営諜報機関『ランス』の者ですが、ちょっとお伺いしたい事がありましてお尋ねしました」
女性の声「あ、はあ、どんなご用件でしょうか?」
男A    「はい、フィオナとザンティピーの摩擦について、ザンティピーの血を引くメル様に…失礼、以前街の噂で聞いたものでしてね。
       メル様のお話を聞いて、アルヴィン様に今後の対ザンティピーの方針の一情報としてお伝えしたいのですが、構いませんか?」
メル    「あ、私がメルですが、私でお役に立てるようでしたら、ご協力させて頂きます」
男A    「それは良かった!では申し訳ないのですが、お宅に上がらせて頂いてよろしいでしょうか?」
メル    「はい、少々お待ちください」

しばらくして、メルは玄関の扉を開けました。

男A 「初めまして、わたくし『フェルディナン』と申します」
男B 「フランツです」
メル 「メルです、狭くて申し訳ありませんが、お上がりください」

「フェルディナン」と名乗った男性は、胸の前で小さく手を横に振って言いました。

フェルディナン「いえ、その必要はございません」
メル       「えっ?」
フェルディナン「わたくし達、実はこういう者でして」

そう言うと、フェルディナンとフランツは、なんと、ザンティピー人の象徴である「尻尾」を、メルに見せました。

メル       「なっ!?あなた達はザンティピーの!?ラ、ラルダン!!」
フェルディナン「今だ、さらえ!」
フランツ     「はっ!」
メル       「!あ、うっ!」

フランツは、メルのみぞおちに強烈なパンチを繰り出し、メルは一瞬で気を失ってしまいました。

フェルディナン「よし、行くぞ、急げ!」

フランツは、メルを抱えると、馬車へ向かって走り出しました。

ラルダン「なんだ!?どうした!?」
ラル   「ママ!?」

玄関の奥の部屋から、騒ぎを聞いて、ラルダンとラルが出てきました。

フェルディナン「何、娘が居たのか!?フィオナ人などと不甲斐ない!」
ラルダン    「お前らメルに何を!あぐっ!」
ラル       「パパ!」

フェルディナンは、メルを助けに行こうとしたラルダンに、俊足の蹴りを放ち
ラルダンは、蹴られた衝撃で吹っ飛び、ドカンと音を立てて壁に叩き付けられました。

フェルディナン「お前にも来てもらうぞ!」
ラル      「あ!いやあ!離して!」

フェルディナンは、ラルを無理矢理抱えると、フランツの待つ馬車へと走りました。

ラル「いや!助けて!パパ!…シルヴィアーーッ!」


シルヴィア「んっ?」

同時刻、シルヴィアは、オールディス家の2階にある自室で、「正しい三毛猫」シリーズの続巻
「正しいブチネコ」の2巻を読んでいましたが、「自分を呼ぶ声」が聞こえたような気がしました。
ふと窓から外を見ると、ラルの家から、猛スピードで離れていく馬車が目に留まりました。
それを見たシルヴィアは、言いようのない「不安」を感じ、リビングに居た父親のエリアスと一緒に、アルカード家に向かいました。

エリアス「何か…変な感じだな」

エリアスは、アルカード家の玄関のドアが開きっぱなしで「誰も居ない」事に、警戒しました。

エリアス  「ラルダン、メルさん、居ないのか?入るぞ?」
シルヴィア「…あっ!」

シルヴィアは、玄関の奥で壁にもたれた体勢で、荒く息をしているラルダンを見つけました。

シルヴィア「パパ!おじさん!おじさんが!」
エリアス  「!!おい、ラルダン!どうした!?大丈夫か!」

ラルダンは、シルヴィアとエリアスに気付き、搾り出すように声を出しました。

ラルダン「エリアス…と、シルちゃんか、メルとラルが…誰か知らんが…さらわれちまった」
エリアス「なんだって!?」
ラルダン「頼む、すぐ…騎士団に行ってくれ、そして二人を助け…くっ、ごほっ!がほっ!」

ラルダンは、肺にダメージを受けているらしく、咳きと共に血を吐き出しました。

エリアス「ラルダン!くそっ、シルヴィア!すぐ騎士団に行ってくれ!私はこいつを病院へ運ぶ!」

シルヴィアは、オロオロしながらも答えました。

シルヴィア「わ、わかった!」

ラルダンは、思い出した事をシルヴィアに言いました。

ラルダン  「シルちゃん…ちらっと見えたが、さらった奴…「尻尾」があった、ザンティピーのやつらかも…しれない」
エリアス  「もう喋るな!行くぞ…シルも急いでくれ!間に合わなくなるかもしれん!」
シルヴィア「う、うん!」

シルヴィアは、フィオナ王立騎士団のあるフィオナ城へ、全速力で駆け出しました。
走りながら、ラルと過ごした日々、メルの暖かい笑顔が頭をよぎり、「その全てが壊れてしまう」と思うと、視界がにじみました。
何度も、あふれてくるものを拭い、ようやくフィオナ城へとたどり着きました。

入り口の検問をしている、メガネの事務官に事情を話しましたが、シルヴィアがひどく慌てている事と
「ザンティピー人に友達と友達の母親がさらわれた」と言う突拍子もない話が、混乱を呼び
事務官は、シルヴィアに対し、「この子はおかしいのか?」と言う印象を持ってしまい、追い返そうとしました。
しかし、泣きながら訴えるシルヴィアをさすがに不憫に思い、どうしたものかと悩んでいたところへ、一人の女性騎士が通りかかりました。

その女性は、茶髪のロングヘアーで、やさしい顔立ちをしており、口調や物腰も柔和でした。
鎧は着ておらず、防刃繊維を編みこんだ、「アルバータ」社の冒険者向けの衣服を身に着けていました。

女性  「あの、どうしました?」
事務官「あ、これは、ロレイン様!実はこの女の子が、その…私には言う事が理解出来ませんで、ザンティピーがどうとか」
ロレイン「ザンティピー…?」

ロレインと呼ばれた女性は、ザンティピーと聞いて顔色を変えました。

ロレイン  「あの、私がお話を聞きますよ、私はロレイン、あなたのお名前はなんとおっしゃいますか?」
シルヴィア「あ、あの、私、シルヴィアと言います、実は…」

シルヴィアは、自分達の身に起きた事を、ロレインに話しました。

ロレイン「なるほど、急がなければなりませんね…あ、すみません、今シェリーが来ていますよね?取り次いで頂けますか?」
事務官 「シェリー=モーラン様ですね?分かりました、すぐに」

数分後、シェリーと呼ばれる女性が、ロレインとシルヴィアの前に現れました。
ロレインは、シルヴィア達の身に起きた事を説明し、シェリーに意見を求めました。

シェリー  「そう…ね、シルヴィアさんと言ったかしら、確かに「ザンティピー人」だったのね?」
シルヴィア「あの、私が直接見たわけではないのだけれど、おじさんは「尻尾」があったと言っていました」

ロレインとシェリーはうなずきました。

シェリー「自分達の同胞がフィオナに居る事が許せないってとこかしらね?」
ロレイン「でも、メルさんとラルさんは、フィオナ人なのですから…すぐに馬を出しましょう、シェリーさんも来てくれますよね?」
シェリー「ええ、恐らく…コーデリア地方を経由するのが一番ザンティピーに近いから、相手もそのルートを使うわね」

シルヴィアは、まごまごしていました。

シルヴィア「あ、あの…」

ロレインは、にっこりと答えました。

ロレイン  「一緒に行きたい、ですか?」
シルヴィア「は、はいっ!」
シェリー  「まるであの時みたいだけど、私たちはともかく、その子には危険よ?ロレイン」
ロレイン  「危険は承知、シルヴィアさんの目には、命を賭しても救いたいという意思がありますよ、あの方のように…ここで待ってはいられないでしょう」

シェリーは、目を細めてにこやかに言いました。

シェリー「まあ、そう、ね、行きましょう」

ロレインとシェリーとシルヴィアは、騎士団内でも指折りの駿馬に乗り、コーデリア地方から南へ進みました。
シルヴィアは、ロレインの後ろに乗り、振り落とされないようにロレインにしがみつきました。
父親のエリアスに断る時間もなかったため、ロレインは、事務官に、事の成り行きをエリアスに説明するよう、言付けておきました。

一方、メルとラルを乗せたフェルディナンとフランツの馬車は、フィオナとベリンダの国境検問所に近づいていました。
ザンティピーへは、ベリンダをさらに越えて行く必要があるため、フェルディナンにとっては、この検問所が鬼門となります。
フィオナに入る際は、別ルートで密入国したため、検問所はありませんでしたが、今回は最短ルートで「荷」を届ける必要があったのです。

本来、この検問所へは、フィオナ城下町から2〜4日掛かるのですが
フェルディナン達は、馬が潰れる事を覚悟で、限界を超えてスピードを出させたため、わずか8時間で門が見える位置まで来ていました。

国境検問所には、かつてロレインとスチュアート、シャルロットをベリンダに通した、「あの」男性騎士が居ました。

男性騎士「…3枚くれ」
若い騎士「はい」
男性騎士「お、来たぞ、2と5のフルハウス!どうだ!」
若い騎士「へえっへへ、悪いですねえ、ストレートフラッシュ」
男性騎士「リッキー!お前簡単にストレートフラッシュとか揃えてんじゃないよ!もう!」

男性騎士は、カードを机にバシッと投げつけました。

リッキー「剣ではギルダスさんにはかないませんがね、カードなら負けませんよ」
ギルダス「あーったくもう、早く剣振りたいもんだ、何で俺はここばっかり配属かね?」

リッキーは、手を広げて言いました。

リッキー「そりゃここはベリンダとの最前線の国境ですもん、セブンスナイトの一人も置いとかないと不安でしょ?」

ギルダスは、頬杖をついて言いました。

ギルダス「ならウィンセントとかリィナとかでも良いだろうに…まあ、あいつらは若いしな…ん?」

ギルダスは、街道を猛スピードで走り、検問所に近づいてくる馬車に気付きました。

ギルダス「リッキー、今日はベリンダへ通過する奴が居るのか?」

リッキーは、通話録のメモをパラパラとめくって言いました。

リッキー「いえ、聞いてませんね、早馬も電話も着ていません」
ギルダス「だよな、ちょっと怪しいな、と」

ギルダスは、愛剣の「デュラ・ツーハンドソード」をベルトに差し、応対する事にしました。
ギルダスとリッキーは、馬車の前へ出て、停車するように促しました。
馬車は徐々に速度を落とし、検問所前の規定の停車スペースで止まりました。

ギルダス「はいはい、はい、ごくろうさん、ええ、ここからはベリンダだが、通るつもりかね?理由をお聞かせ願えるか?」

馬車の中から、フェルディナンが出てきました。

フェルディナン「ええ、わたくしはアルヴィン陛下直属の密偵でして、ベリンダの内部調査と言ったところです」
ギルダス   「ほう?俺は聞いてないけどな、まあこんな地方にゃ、お偉いさんがいちいち連絡する必要はないかもしれんが…通行許可証はあるのかね?」
フェルディナン「ええ、ありますとも」

フェルディナンは、フィオナ-ベリンダ間の通行許可証をギルダスに差し出しました。
ギルダスは、その許可証をあらため、言いました。

ギルダス   「ああ確かに許可は出ているね、どうぞ通ってくれ」
フェルディナン「ありがとうございます」
ギルダス   「と、言いたいとこなんだが」
フェルディナン「…何か?」

ギルダスは、許可証の署名を指して言いました。

ギルダス   「この署名なんだがなあ、アンタさんは、手書きじゃなくて熱転写方式に替わったの知らないのかね?」
フェルディナン「なんですと?」
ギルダス   「王室も、いちいち手書きでやってられんと言う事で、こう言った署名は、半年前から機械式に替わったんだよ。
         アルヴィン陛下の密偵様が、まさかそんな事を知らんとは思えんが…アンタさんは何者だね?」

フェルディナンは、薄く笑みを浮かべました。

フェルディナン「なるほど、そうでしたか、うちの情報部もマヌケと言う事か…フランツ!馬車を出せ!」
ギルダス   「リッキー!門を閉めろ!強引に突破する気だ!」
リッキー    「はい!」
フランツ    「……ちっ!くそっ!このやろう!」

フランツは、リッキーが素早く門を閉じたため、発車出来ずにいました。
フェルディナンは、ギルダスとリッキーを殺害する覚悟を決め、背部に隠していた剣でギルダスに斬りかかり
ギルダスは、それをデュラ・ツーハンドソードで弾きました。

ギルダス   「おっと!」
フェルディナン「ちっ!」

そこに、ロレイン達の馬が到着しました。

ロレイン  「大丈夫ですか!」
ギルダス 「お、アンタさんは見覚えがあるな、以前通した姉さんか!?」
シルヴィア「ラルは!?メルさんはどこ!?」
シェリー  「落ち着きなさいシルヴィアちゃん、馬車の中よ…この2人を捕らえなければならないようね」

フェルディナンは、高笑いしました。

フェルディナン「はは!捕らえる!面白い事を言う女性だ…フランツ!もう遠慮は要らん!全員殺るぞ!」
フランツ    「はっ!」

フェルディナンは、背部に隠していたもう一刀を取り出し、二刀流の体勢をとり
フランツは、馬車の中から刃渡りが2メートル近い大剣を取り出し、構えました。
ギルダスとリッキーも、剣を構えて戦闘態勢をとりました。

馬から降りたロレインは、シェリーに、シルヴィアを守るよう伝え、剣を抜きました。
シルヴィアは、ロレインの剣が、「透き通っていて、剣先から水が滴っている」ように見え
さらに、刀身全体から「霧」のようなものが出ている気がし、自分の目が錯覚を起こしたのかと疑いました。

フェルディナン「何だと…その剣は…」
フランツ    「どうしました?」

フェルディナンは、ロレインの剣を見て、ハッとした表情をしました。

フェルディナン「まさか、とは思うが、貴女の名前は?」
ロレイン    「…ロレイン、ロレイン=ハートソンです」
フェルディナン「…そちらは?」
シェリー    「シェリーよ、シェリー=モーラン、お気づきかしら?」

フェルディナンは、目をつむり、「なるほど」と小声でつぶやきました。

フランツ    「どうしたんです、フェルディナン様…?」
フェルディナン「フランツ、帰るぞ、馬車の同胞は置いていけ」
フランツ    「なっ!?なぜ!?」

フェルディナンは、剣を収めて言いました。

フェルディナン「この2人は、いまいましい『成功者』だよ、そっちの男騎士はなんとでもなるが、この2人は相手が悪すぎる」
フランツ    「なっ…こいつらが、あの『成功者』…!?……くそっ、仕方ありませんね」
ギルダス   「おい!逃がすと思うか!」

ギルダスは、フェルディナンに向かって真横一文字に剣を薙ぎましたが、フェルディナンは飛んで剣撃をかわし
フランツに合図すると、そのままの勢いで、高さ6メートルはある検問所の壁を一気に飛び越え
フランツも同様に一足飛びで壁を飛び越え、共にベリンダへと消えていきました。

ギルダス「な…!?」
リッキー「な、な、なんなんすかあいつら!人間!?」
ロレイン「…あれが、ザンティピー人ですよ」

ロレインは、剣を鞘にしまいました。

リッキー「ザンティピー人〜?あ、悪魔ですか、あいつら!見た目普通の人間だったけどな…」
ギルダス「見た目人間か…聞いた事はあるよ、ここ15年位前から城下町に悪魔が一人住んでて、見た目べっぴんさんだってな。
      確か、子供も居るって話で…って事は、やつらがリスクを冒してわざわざ運んでた、その馬車の中身は」

シルヴィアは、ハッとしました。

シルヴィア「そうだ!ラルとメルさんは…!?」

シルヴィアは、馬車の扉を開けて中を確認すると、眠っているラルとメルがそこには居ました。

シェリー  「…どうやら、睡眠薬で眠らされているみたいだけど、大きなケガはないみたいね」
シルヴィア「良かった…」

ギルダスは、事が収まったと見て、ロレインとシェリーに質問をしました。

ギルダル「ところで、アンタさんらは何者なんだ?…ん、まてよ、シェリーってのは確か」
シェリー「ええ、私はクレメンスの代表よ」
ギルダス「ああ、やっぱりな、俺もちょくちょくクレメンスで仕事してるから、名前は聞いてるよ。
      こんな若い娘さんとは知らなかったが…で、そっちは?」
ロレイン「ああ、私は…えーと」

シェリーは、いたずらっぽい笑みを浮かべました。

シェリー「この子は、フィオナ王国騎士団第3隊隊長の、ロレイン=ハートソンよ、あなたたちの上司ってわけ」
ロレイン「シェリーさん!」

あっけに取られているリッキーを横目に、ギルダスはバツが悪そうに言いました。

ギルダス「なるほどな、どっかで見たと思ったよ…改めまして、俺はギルダス=マクマーホン、助勢して頂き感謝の極みであります…か?」
リッキー「あ…あ、リッキー=ノーフォークです、大変感謝致します!」

ギルダスとリッキーは、騎士儀礼にのっとったお辞儀をしました。
そんな2人を見て、ロレインは慌てながら言いました。

ロレイン「あ、いえ、こちらこそ、あの2人を足止めして頂いてありがとうございます、ふ、普通にしてください、もう」

それを見て、シェリーはくすくすと微笑していました。

ラル    「う、うう…ん」
シルヴィア「あ、ラル!」
ラル    「あ、シルヴィア…?私…あ、ママも居る」

シルヴィアは、ラルに抱きつき、涙を流して無事を喜びました。
その内にメルも目を覚まし、一応体の検査をしておいた方が良いと言う事と、ラルダンも病院に居ると言う事もあり
シルヴィア達は、ギルダスとリッキーに別れの挨拶をし、ブリジット・フィオナ王立病院へと向かいました。

病院の待合室には、杖をついたラルダンと、シルヴィアの父エリアス、そして母シンディも居り
メルとラルの無事を、全員が喜びました。


メル「でも、私のせいでこんな事になってしまって、本当に申し訳ありません」

シンディは、首を横に振りました。

シンディ「メルさんのせいではないですよ、これは個人の問題ではなくて、国同士の軋轢ですから…」
エリアス「うん、それに、私達が出会った時、こういう事が起こる可能性がある事は、十分話し合ったからね。
      実際に被害に遭ってしまった事は歯がゆいが、今更私達は、誰のせいと言う事はないはずだ」
メル   「ありがとうございます…」
ラルダン「しかし、俺もざまあないな、妻と娘も守れんとは」
エリアス「まあ、お前は、地質学者だろう?戦闘は畑違いなんじゃないか?」
ラルダン「まあな…」

それを遠巻きに見ていたロレインとシェリーは、満足そうに笑みを浮かべ、ラルダン達に挨拶をし、病院を後にしました。
しかし、シルヴィアは、ある「思い」を抱き、2人を追いかけました。

シルヴィア「あの!」
シェリー  「あら?どうしたの?」
シルヴィア「あの…今日は、本当にありがとうございました!」

ロレインは、にっこりと微笑みました。

ロレイン 「いえ、シルヴィアさんも頑張りましたね、皆が無事でよかったです」
シルヴィア「はい、でも…私は、ただ、言葉を2人に伝える事しか出来ませんでした」
シェリー 「そう…で、どうしたいの?」

シルヴィアは、心に力を入れて言葉を発しました。

シルヴィア「騎士に…騎士になれば、ラルを、人を守れますか?」

ロレインとシェリーは、顔を見合わせました。

ロレイン「シルヴィアさん、自分の将来を安易に決めてはいけませんよ」

シルヴィアは、一呼吸置いて話しました。

シルヴィア「はい、分かってます…でも、私、今まで何かになりたいって思ったこと、一度もなかったんです。
       今日、ロレインさんやシェリーさん、それにギルダスさんとリッキーさんにも会って
       私、変かもしれませんけど、ちょっとワクワクしてたんです。
       人を傷つけたいとか、そういう感じではないんですけど、誰かを守るために戦う姿が、とても綺麗に見えたんです。
       だから、私も…この手で、ラルやメルさんだけじゃなくて、沢山の人を守りたいって、強く思ったんです」

シルヴィアは、胸が高鳴り、顔が紅潮しているのが、自分でも分かりました。
そんな感情が自分の中にあると、話ながらも、シルヴィアは自分自身で驚いていました。
シェリーは、腰に手を当てて言いました。

シェリー「本気ね」

ロレインも、微笑みながら、うなずきました。

ロレイン「本気ですね」

シェリーは、先生が生徒に諭すような口調で言いました。

シェリー  「分かったわ、シルヴィアちゃん、あなたが騎士になるのに協力してあげる」
シルヴィア「本当ですか!」
シェリー  「まずは両親の説得からね、あなたの意思を、私達が口ぞえしてあげるわ。
        でも、今日は皆疲れてるから、また後日、決心がついたらここに電話してちょうだい」

シェリーは、電話番号を書いたメモをシルヴィアに渡しました。

ロレイン  「騎士と言っても、色々な部署があります、出来る限りお教えしますね。
        それでは、今日の所は、私たちはこれで」
シルヴィア「はい、ありがとうございます!」

シルヴィアは、ロレイン達が見えなくなるまで、その背を見送っていました。
そこに、検査を終えたラルが、シルヴィアが何をしているのか不思議に思い、近づいてきました。

ラル「ね、何してるの?」

シルヴィアは、ラルを抱き寄せて言いました。

ラル    「ひゃあ!」
シルヴィア「ラル、私ね、将来の夢決まった!」


2週間後、ロレインとシェリーは、オールディス家で、シルヴィアが騎士を目指す事を
シルヴィアと一緒に、エリアスとシンディを説得していました。
最初はエリアスもシンディも、渋い顔をしていましたが、シルヴィアの情熱的な瞳を見て
「この子がこんなに真剣になった所を見た事がない」と思い
話の最後の方では、逆にロレインとシェリーに、シルヴィアをよろしくお願いするよう、頼んでいました。

こうして、シルヴィアは、「騎士」と言う道を選び、歩んでいく事になったのです。
そして、その事を知った一人の女の子も、また連動して…。

ラル「私も騎士になる!」



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