シルヴィア「ラルも騎士になるの!?」

シルヴィアは、驚きました。

2週間前、ザンティピー人「フェルディナン」と「フランツ」は
ザンティピーの同胞(と解釈している)のメル、そしてその娘ラルを、ザンティピーに連れ帰るため、周到な用意をし
もう一歩の所で、メルとラルは、ザンティピーへ連れ去られる所だったのです。
それを止めたのは、フィオナ王国騎士である、ロレイン、ギルダス、リッキー、そしてクレメンス代表のシェリーでした。

その雄姿を目の当たりにしたシルヴィアは、今度は自分が、メルやラル、そして、このフィオナに暮らす人々を守るため
騎士になる夢を抱き、両親を説得したのですが…なぜかラルも、騎士になると言い出したのです。

ラル「だってさー、あの時私、何にも出来なくてさ、シルヴィア達が助けに来てくれたから良かったけど
   もしかしたら、今頃ザンティピーで死んでたりしててもおかしくなかった訳だし
   私も、自分とか家族とか、シルヴィア…あと、私みたいな目に遭いそうな人を守りたいって思ったんだ」

それを聞いて、シルヴィアは、フィオナ王国に広がる青い空を見上げました。

シルヴィア「そっか…思う事は一緒って事かぁ」
ラル    「後、シルヴィアと一緒に居たいって言うのが」
シルヴィア「え?」
ラル    「あ、や、それはそれでエヘヘ、で、騎士ってどうやってなるんだろ?」
シルヴィア「うん、それなんだけど」

シルヴィアは、ロレインとシェリーに聞いた、「騎士になるためのプロセス」をラルに話しました。
フィオナ王国では、高等学校を卒業した時点で、騎士になる試験を受ける資格を得られますが
大抵の騎士志願学生は、大学の「騎士科」を卒業後、試験を受けるコースを取っています。
「騎士科」では、騎士としての知識や教養を身に着ける事が出来るため、試験を受けるに際して、有利な条件が多いのです。
また、「騎士科」卒業生は、即戦力になれるため、何か事情がない限り、騎士団側としても、学生は「騎士科」に入る事を推奨しています。

ラル    「要するに、その『騎士科』に入れば、色々教えてくれるって事?」
シルヴィア「うん、そうみたい」
ラル    「なるほどぉ」

ラルは、うなずきました。

シルヴィア「あ、あとね、ロレインさんとシェリーさんが教えてくれたんだけど」
ラル    「うん」
シルヴィア「出来れば、剣術道場に通っておくと、良い経験になるって」

ラルは、それを聞いてげっそりしました。

ラル    「剣術かぁ、やっぱりきついんだよねえ?」
シルヴィア「さぁ、知らないけど…騎士になったら、どうしても剣使う事になるんだし、下地はあった方が良いし」
ラル    「うう…うん、分かった、私は今日、騎士になるって事でパパとママを説得するから、シルヴィアは剣術道場?ってどこにあるか調べといて!」

シルヴィアは、きょとんとしました。

シルヴィア「良いけど、もしかして明日とか行くつもり?」

ラルは、大きくうなずきました。

ラル    「気持ちが萎える前にって感じで」
シルヴィア「…そう…良いけど…うん、まあ早いほうが良いか」


そして次の日、シルヴィアとラルは、フィオナ王国城下町にある、剣術道場「ルーサーフォード」の門の前に居ました。
「ルーサーフォード」は、40年前、セブンスナイトとして名を馳せた「アレクサンド=ルーサーフォード」が開祖となり、開いた剣術道場で
片手剣、両手剣、レイピア、また最近では、ジパン製の「カタナ」と呼ばれる剣を使った、「ケンドー」と言う流儀も学ぶ事が出来ます。

「ルーサーフォード」の建物は、近年、フィオナ式から、ジパン式の建築様式に改築され、「カワラ」と呼ばれる建材が使用された
温かみがありながらも、見ていると背筋がピンと伸びるような迫力を与えています。

シルヴィア「ところで、ラルダンさんとメルさんは説得出来たの?」

ラルは、顔を赤らめて、ちょっと困った表情が混ざった笑顔をシルヴィアに向けました。

ラル    「うーん一応ね、結構怒られちゃったけど、最後は納得してくれたよ」
シルヴィア「ホント?それなら良いんだけど」

ラルは、ラルダンとメルを説得する際、最初は「人を守りたい」と言うもっともらしい理由を言っていましたが
最後の方では、駄々っ子のように「シルヴィアと一緒に居たいから」と言う本音をぶつけていたのです。
ラルダンとメルは、結局はその気持ちに負け、騎士になる事を許したのですが
ラルにしてみれば、かなり「恥ずかしい」説得の仕方だったのです。

シルヴィア「門、閉まってるね、勝手に開けちゃって良いのかな?」
ラル    「あ!私知ってるよ!こういう時なんて言うのか、マンガで見たからね!」
シルヴィア「え、へえ?」

ラルは、大きく息を吸いました。

ラル「たのもう!!」

シルヴィアはぎょっとしました。

シルヴィア「ちょ、ちょっとラル!ほんとにそれでいいの!?」

ラルは、自信に満ちた表情をしました。

ラル「うん!これでちょっと待つと、門が開いて、門弟の人が2人位出てくるはずなの」

そして「ちょっと」待つと、ラルの思惑通りに門が「ギギギ」と言うきしみ音と共に開き
中から…同じ道着を着た、20人を越える門弟が出てきました。

ラル「いっぱい出てきた!」

ラルは、泣きそうな顔でシルヴィアを見ました。

シルヴィア「ま、マンガではこの後どうなるの!?」
ラル    「え、えっと、えっと」

シルヴィアとラルがマゴマゴしていると、門弟の1人が声を発しました。

門弟A   「そこの2人!道場破りか!」
ラル    「えっ、ええ!?道場破り!?」
門弟A   「いまどき『たのもう』などと古臭い挨拶をするやつは、道場破りと相場が決まってるだろう!」
門弟B   「さあ道場へ来い!師範の手を煩わすまでもない!俺が相手してやる!」
シルヴィア「違うんです!聞いてください!私達…」
門弟C   「問答無用!グズグズするな!」

シルヴィアとラルが、無理矢理に手を引っ張られ、道場へ連れ込まれそうになった刹那
奥の方に居た、茶髪の若い門弟が、驚きの声を上げました。

??    「あれ!シルヴィアさんじゃん!」
シルヴィア「えっ?ああっ!」

シルヴィアも、驚きの声を上げました。
そこには、シルヴィアが中学生の頃から交流がある、スチュアート=アストンが居たのです。

門弟A    「何だスチュアート、知り合いか?」
スチュアート「ああ、うん、知り合いと言うか友達と言うか、とにかくこの人達は道場破りなんかじゃないって!
        俺が事情聞いたりするから、ほら皆ちってちって!」
女性の門弟「はいはい、分かりました、それにしても、スチュアート君も隅に置けない感じね」
スチュアート「良いからもう、行ってください!もう!」

スチュアートは、門弟たちを道場の中に追い返すと、疲れた表情でシルヴィア達に声をかけました。

スチュアート「ふう、ああごめんね、普段皆良い奴なんだけどさ、皆この道場が好き過ぎてさ…」

シルヴィアは、頭を下げて言いました。

シルヴィア「いえもう、私達が悪かったので…それにしても、助かりました!」
ラル    「ありがとうございます〜、あ、え、えーと、で、どなた?」
シルヴィア「あれ、ラル知らなかったっけ?スチュアートさん」
ラル    「うん、知らない」

スチュアートは、「ラル」と聞いて、ピンときました。

スチュアート「あ、あれでしょ、ラルさんって、ミス・フィオナの時、廊下でシルヴィアさんが話してくれた!」
シルヴィア 「あ、そうです!私てっきり、その後ラルとスチュアートさんが面識あるように、思い込んでたみたいです」
ラル     「え、ミス・フィオナって、あれ?スチュアートさんって女の子?」

それを聞いて、シルヴィアとスチュアートは、ぎくっとしました。

シルヴィア 「あーえー…あー」
スチュアート「あーあの…スーチ=アストンって居たじゃん」
ラル     「うん、あのロリ系のかわいい子」
スチュアート「あれ俺なんだよ…」
ラル     「ひえっ!?まただ!」
スチュアート「え、また?」

ラルは、ブライアン=コールフィールドが、「リアン=コールフィールド」として
ミス・フィオナに出場していた(させられていた)事を思い出しました。

ラル     「大変だったんだね…」
スチュアート「ああ、うん、大変だった…バレたら捕縛ものだったからなぁ」

スチュアートは、うっすら涙を浮かべていました。
シルヴィアとラルは、内心少し面白かったのですが、表情に出さないようにしました。

スチュアート「ところで、今日は何しに来たの?俺以外に知り合いでも居るとか?」
シルヴィア 「あ、それなんですけど、実は私達、入門しようとしてここに来たんですよ」
スチュアート「え!ホントに!?何かあったの?」

シルヴィアとラルは、ラルと、その母メルが、ザンティピーに連れ去られそうになり、それを騎士団の人に助けられた事
そして、騎士に憧れを抱き、騎士になる下地として、剣術を学びたいと思った事を、簡潔に伝えました。

スチュアート「そっかー、何か分かるな、俺も冒険者の人に助けられて、冒険者になろうと思ったんだからね…。
        それじゃ、えーとまず、あそこ、あの事務所で手続きして、後、師範に挨拶してってなるけど、俺が案内する感じで良い?」
シルヴィア 「はい!お願いします」
ラル     「知り合いが居るって心強いな〜」

スチュアートの案内で、シルヴィアとラルは、事務所で入門手続きを済ませ、師範の所へ挨拶に行く事になりました。

ラル     「師範ってどんな人?」
スチュアート「良い人だよ、確かおやじさんが、元セブンスナイトだったとか聞いたかな」
シルヴィア 「へえ!セブンスナイト!」
スチュアート「性格は、何て言うかのらくらしてるけど、教えるのは上手いし、優しいしね」
??     「へえ、私はのらくらしてるのね…」
3人      「ぴあ!」

突然背後から声がして、3人は反射的に驚きの声を上げました。
後ろを振り返ると、銀髪のロングヘアーの「美しい」女性が立っていました。

スチュアート「師範じゃないですか!何で後ろに居るんですか!」
師範     「えっだって、後ろついて来たんだから、前に居たらおかしいじゃない」

3人は、「それはもっともだ」と思いました。

スチュアート「まあそれは、そうかもしれないですけど…いつからついて来てたんですか?今から挨拶しにいくとこだったんですけど」
師範     「え?あなた達が門で話してた時から居たわよ?スチュアート君がミス・フィオナに出たとか、その辺り?」
スチュアート「そっからですか!」
師範     「あ!でも安心して!皆に言うつもりはないから!後世まで語り継ぐけど」
スチュアート「いやもう、どうでも良いです…聞いてたならあれですけど、俺の友達2人が入門希望です」

師範の女性は、ニッコリと笑顔になり、シルヴィア達に握手を求めました。

師範    「エレアノール=ルーサーフォードです、よろしくね」
シルヴィア「シルヴィア=オールディスです、よろしくお願い致します」

シルヴィアは、エレアノールが差し出した右手を握りました。

エレアノール「とう!」
シルヴィア 「ぴゃあ!」

エレアノールは、いきなりシルヴィアに足払いをし、シルヴィアは草むらにしりもちをついてしまいました。

スチュアート「何やってんですか!」
エレアノール「え、可愛かったから、つい」
スチュアート「もう、良くわかんない、この人…」

額に手を当てているスチュアートをどこ吹く風に、エレアノールは、残ったラルにも、手を差し出しました。

ラル     「ひえ」
エレアノール「『ひえ』じゃなくて、挨拶よ、挨拶、手を差し出したんだから、名乗って握るのが礼儀でしょ?
        大丈夫よ、今はちょっとハメを外しちゃったけど、もうしないわ」
ラル     「そ、そう?えーと、ラル=アルカードです、よろしくお願いします」

そう言うと、ラルはエレアノールの右手を握りました。

エレアノール「よろしくね」
ラル     「はい!」
エレアノール「と見せかけて、とう!」
ラル     「ぴゃあ!」

やはり、ラルも草むらにしりもちをつく事になりました。

エレアノール「それじゃ、スチュアート君、道場に案内してあげて、私はシルヴィアさんとラルさんの道着を用意してくるわ」
スチュアート「ああ、ええ、はい、分かりました…」

そう言うと、スチュアートは、シルヴィアとラルに手を差し伸べ、2人の体を起こしました。

シルヴィア 「びっくりした」
ラル     「ねー」
スチュアート「はは…あ、でも、痛くないでしょ?」

そう言われて、2人は、体のどこにも痛みを感じていない事に気付きました。

シルヴィア 「あ、ほんと」
ラル     「草むらだったからかな?」
スチュアート「うん、それもあるけど、痛くない投げ方してたからね」
ラル     「へええ」
シルヴィア 「あ、そう言えば、私達の名前もすぐ覚えてくれてた」
スチュアート「まあ何か、変ではあるけど、そういう人だよ。
        ここの門弟も、強くなりたいと言うか、エレアノールさんが好きだから通ってる人ばっかりだしね」

シルヴィアとラルは、顔を見合わせて、お互いに「ここならやっていけそう」と思いました。
スチュアートは、道場へ2人を案内がてら、廊下を歩きながら、ここの活動について、かいつまんで話しました。

スチュアート「えーとね、道場へ入る時は、朝でも夜でも「おはようございます」で、帰る時は「ありがとうございました」ね。
        挨拶はちゃんとしようが、ここのモットーだからね。
        で、道場は、開くのが午前10時、閉まるのは午後10時、人によって入る時間も帰る時間も変わってくるから
        その間は、いつ入っても良いし、いつ出てってもいいよ」
ラル     「結構自由なんだね」
スチュアート「うん、あ、でも、日曜の午後4時から6時までは、師範が門弟全員に稽古をつける時間だから
        その時は、出来るだけ出た方が良いよって感じかな、強制じゃないけどね」

3人は、「更衣室」とプレートがついた2つの部屋の前に来ました。

スチュアート「で、ここが更衣室、向かって右が男で、左が女ね、後でくれるけど、道着にはここで着替えるよ。
        プレートがついてるから間違う事はないと思うけど、一応注意ね。
        あと、ロッカーには鍵がついてるから、もし心配なら鍵掛けとくといいかな。
        まあでも、この道場が開設して40年で、盗みとか1回もないらしいけどね」
シルヴィア 「治安が良いと言うか、良い人ばっかり?と言う感じですか?」
スチュアート「だね、それがここの自慢で、俺も誇るとこかな?」

もう少し歩くと、「食堂」と書かれた部屋がありました。

ラル     「あれ、食堂もあるの?」
スチュアート「うん、ここの道場の月謝って無料じゃん、どこで利益を出してるのかと言うと、ここなんだよね」
シルヴィア 「へええ」
スチュアート「その辺の店より凄くうまいし、結構がっつりいける系のメニューもあるから
        晩御飯とか、ここで済ます人が多いね、俺も道場来る日はいつもそうだし」

そして3人は、「道場」と書かれたプレートが貼られた部屋の前に来ました。

スチュアート「じゃ、さっき言ったみたいに、「おはようございます」ね」
シルヴィア 「はい」
ラル     「はーい」

スチュアートは、部屋の横開きの戸を、ガラッと開けました。

3人  「おはようございます!」
門弟達「おはようございます!」

門弟達は全員、竹刀や木剣を打ち合う手を一瞬止め、元気良く返事をし、そしてまた打ち合いを始めました。

シルヴィア 「わっ、皆挨拶してくれた」
ラル     「元気良いね」
スチュアート「ここのモットーだからね、それじゃ師範が道着持ってくるまで、少し「待ち」かな」

そう話していると、門弟の1人が話しかけてきました。

門弟     「スチュアート、と、後友達2人?師範がもうずいぶん待ってるぞ?」
スチュアート「えっ、だって2人分の道着取ってきてから来るはずなんだけど、俺らより後じゃないの」
門弟     「いやもう、15分位前に来てるよ、ほらあそこに」

門弟が指を指した先には、エレアノールが既におり、座布団に座ってお茶を飲んでいました。
3人は顔を見合わせ、とにかく急いでエレアノールの元へと向かいました。

スチュアート「すいません師範、遅くなりました!」
シルヴィア 「すみません!」
ラル     「ごめんなさい〜」

エレアノールは、微笑んで言いました。

エレアノール「良いのよ、私が早すぎただけ、そう、私より早いのは、アルダスのあの騎士位…」
スチュアート「え?」
エレアノール「いえ、こっちの話よ、何がこっちかは知らないけど。
         さて、じゃ、これが道着ね、スチュアート君に教えてもらったと思うけど、更衣室で着替えてきてね。
         別にここで着替えても良いけど、スチュアート君が興奮しちゃうわね」
シルヴィア 「あ、いえ、その…更衣室お借りします」
ラル     「き、着替えてきます〜」
スチュアート「師範…」

10分後、着替え終わったシルヴィアとラルが、再び道場に戻ってきました。
戻ってきた2人を、エレアノールは、目を細めてジーッと見つめました。

シルヴィア 「あ、あの、何か…?」
エレアノール「シルヴィアさんは、レイピアの二刀流…ラルさんは、両手剣ね」
ラル     「え?」

それを聞いて、スチュアートは、にやっとしました。

スチュアート「師範は、その人の筋肉の付き方…「体つき」を見て、もっとも適した武器が分かっちゃうんだよ」
シルヴィア 「ええ、見ただけでですか!?」
ラル     「私達、剣なんか持った事ないのに!」

エレアノールは、手を後ろに組んで、斜め下を見ながら言いました。

エレアノール「でも、私も間違う事は多いから自信はないの、80億人に1人も間違ってしまう…」
スチュアート「フィオナの人口900万人しか居ないじゃないですか…まあいいや
        それにしても、レイピアの二刀流って珍しいですね」

エレアノールは、うなずいて言いました。

エレアノール「そうね、ずっと昔の貴族が、レイピアとソードブレイカーと言う武器を使用しての
        二刀流で戦うスタイルは有名だけれど、それに近いかしら…でも、それよりも攻撃的ね」
ラル     「シルヴィアって結構器用だしね、あ、私は?」
エレアノール「ラルさんは、見かけによらず腕力が強くて、それに体幹のバランスを取るのも上手いから
        軽量の武器で小技に頼るより、重量のある両手剣で押し切るスタイルが良いわね」
ラル     「へー…カッコイイの?それ」

エレアノールは、マユをちょっと上げて言いました。

エレアノール「あら、両手剣の連撃は、戦場の華よ?相手のガードもろとも破壊し、通った後にはペンペン草一本生えない…ステキよ。
        ま、もし、シルヴィアさんもラルさんも、別な武器が良いと言うのなら、色々扱ってみてから決めるのも良いわ。
        「ディーの大冒険」と言うマンガの「ナバン」と言う勇者も、剣、槍、斧、弓、鎖、牙と6種類も極めていたわけだし
        若いんだから、色々可能性を追ってみるのも悪くはないわ」
スチュアート「たまに『ナバンストラッシュ』とかやってますよね、師範は、いまだに」
エレアノール「いやね、私の今の流行は「九頭猫閃(くずびょうせん)」よ、もう少しで出来る気がするの」

シルヴィアとラルは、「この人は中学生だろうか」とエレアノールの事を思いました。
しかしながら、シルヴィアとラルは、「自分達は剣を扱った事がなく、何に向いているのかも分からない」と言う状態でしたから
エレアノールが言った「自分達に向いている」と言うスタイルを、まずは学んでみる事にしました。

それからは、剣の持ち方、素振りの仕方に始まり、攻撃の仕方、相手の剣の受け方、かわし方等、様々な事を学び
気が付いたら、門での一悶着の日から、5ヶ月の月日が経っていました。
シルヴィアとラルも、門弟達とすっかり仲良くなり、稽古が終わってからは、一緒にご飯を食べるようになっていました。


この日は、ラルを含む他の門弟は、用事で早く帰り、シルヴィアとスチュアートの2人だけが居残り稽古をする事になり
稽古終わりに食堂でご飯を食べる事にし、シルヴィアはエビチャーハン、スチュアートは、カツカレーを食べていました。

シルヴィア 「そう言えば、ずっと気になっていたんですけど」
スチュアート「ん?」
シルヴィア 「冒険者の方って、皆剣を持ってますよね、あれってなぜなんですか?
        騎士は、相手の騎士と戦うから、剣を持ってるのは分かりますけど…」

スチュアートは、意外そうな顔をしました。

スチュアート「あれ、シルヴィアさんって、『原生種族』、知らないの?」
シルヴィア 「げんせい…原生種族?」
スチュアート「うん、原生種族」

「原生種族」とは、エムブラースク(現フィオナ)・アルダス連合軍が、ガードルード大陸からメリエル大陸に侵攻した際
それまで人が「動物」と言う枠組みで考えていた生物から逸脱した、異形の生命体が存在している事を確認し、それらを「原生種族」と名付けました。
現在に至るまで、それらの原生種族が人間の生活区域に影響を及ぼさないよう、隔離、討伐する事が
騎士団、クレメンス共に重要な任務の一つとなっているのです。

スチュアート「で、俺たち冒険者が剣を持つ理由として、その『原生種族』と戦うためってのが大きいかな。
        もちろん、暴漢から人を守るためとかそんなのもあるけど、理由としては前者が大きいね」
シルヴィア 「へええ、知らなかった」
スチュアート「うん、まあ良く考えたら、学校じゃ全然教えないからね、大体の人はそう言うのが居るのって知らないかもね」
エレアノール「原生種族と言えど、同じ生き物…殺さないに越した事はないと思うべきね」
2人      「ぴあ!」

いつの間にか、エレアノールが、シルヴィアの横でカニコロッケ定食を食べていました。

スチュアート「びっくりするじゃないですか!何でいつも突然出てくるんですか!」
エレアノール「突然出てきたいからに決まってるじゃない」
シルヴィア 「もう、気配を消す技でも使ってるんですか?」

エレアノールは、空中をぼーっと見つめました。

エレアノール「私はそんな特殊な技はないけど、あの騎士ならあるいは…」
シルヴィア 「え?」
エレアノール「いえ、昔話…私の唯一の負け戦…ふう、ごちそうさま」

そう言うと、エレアノールは食器を持って、食堂のカウンターに置き、そのまま食堂を後にしました。

シルヴィア 「…」
スチュアート「ああ、師範って、元騎士だったって知ってる?」
シルヴィア 「え、そうなんですか?」
スチュアート「うん、噂では、セブンスナイトにも選ばれたとかね、その中でも、相当強かったらしいよ」

シルヴィアは、エレアノールの底知れない強さを感じていたため、それも納得と思いました。

スチュアート「でも、どこかの戦いで、アルダスの何とかって騎士に負けてから、一線を退いたんだってさ」
シルヴィア 「ええ、師範を負かす人なんて居るんですか…?」
スチュアート「うん、ベルンなんとか?って騎士らしいね、詳しくは知らないけど、元々師範ってかなり苛烈な性格だったらしくて
        でも、その騎士に負けてからは、今みたいに柔和になって、突然この道場を継いだ…らしいよ」
シルヴィア 「『らしい』が多いですね」
スチュアート「そりゃま、噂だからね、どこまでホントなんだか俺も知らないよ」
シルヴィア 「なるほど…」

シルヴィアは、もう一つ気になっている事をスチュアートに聞きました。

シルヴィア 「スチュアートさんは、騎士になろうとは思わなかったんですか?」
スチュアート「え、俺?」
シルヴィア 「はい、エレアノールさんの事も信望してるみたいですし、元騎士と言う事も知ってるのに」

スチュアートは、付け合せのスープを混ぜながら言いました。

スチュアート「うーん、実は、騎士になるか冒険者になるか、結構迷った」
シルヴィア 「やっぱり」
スチュアート「でも、俺の命を救ってくれたのは、『冒険者』だからね、やっぱりそっちを目指すのが正しいかなって」
シルヴィア 「そうですよね、私の場合も、騎士の…ロレインさん達が助けてくれたから、騎士になろうと思ったんだし」

「ロレイン」と聞いて、スチュアートも、気になっていた事を聞きました。

スチュアート「そうそう、その『ロレイン』さんなんだけどさ、もしかして、茶髪のロングヘアーで、変わった剣を持ってなかった?
        何かこう、刀身から「霧」?みたいなのが出てる剣の持ち主なんだけど」

シルヴィアは、驚きました。

シルヴィア 「そう!そうです!ずーっと前、クレメンスでアルバイトをした時、スチュアートさんが『ロレイン』って言ってたから
        ロレインさん達が、私達を助けてくれた時、あれ?って思ってたんですよ…やっぱり同じ人だったんでしょうか?」

スチュアートは、うなずきました。

スチュアート「うん、俺がクレメンスに入った後、何回かロレインさんに会って話をしたんだけどさ
        ロレインさんは、騎士と兼業で冒険者もやってるみたいなんだよ。
        俺の時は、たまたまクレメンスで仕事をしてたって感じかな」
シルヴィア 「そうなんですかぁ…」
スチュアート「でも、俺を助けてくれたのは、『冒険者』のロレインさんだからね。
        俺もクレメンスの事気に入ってるし、冒険者の方が良いかなって思ってるんだ」

シルヴィアとスチュアートは、自分の将来を決めたのが、同じ「ロレイン」である事に、奇妙な縁を感じました。
また、2人の運命は、「ロレイン」と言うキーワードで、数年の後、再び交わっていく事になります。



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