赤髪の剣士イスメーネの肩には、ひと振りの剣が置かれていました。
その剣は、協会の祝福を受けた聖剣であり、その剣のきらめきは、彼女のこれからの前途を照らすものでもありました。

「汝、騎士になろうとするもの、民の剣となり、民の盾となり、この国の全てを護ることを誓うべし」

司祭が剣を鞘に納め、イスメーネに手渡しました。
列席した者たちから盛大な拍手が贈られ、ここに騎士イスメーネが誕生したのです。

さかのぼる事15年前、小学校3年生のイスメーネは、毎朝自宅の2階から、ある光景を眺めてから学校に行く事が日課でした。
近所に住む「ベルンハルデ」と言う高名な騎士が、決まって7時45分に王城へと出仕するため、イスメーネの自宅の前を通り
長い金髪をなびかせ、きらびやかな剣を帯びた姿が、幼いイスメーネの目には「とてもかっこいいもの」に見えたのです。

国語や算数、理科に社会、歴史、イスメーネは、学校が嫌いではありませんでした。
仲の良い友達も居ましたし、勉強をして知識を吸収する事が楽しかったのです。
ただ、イスメーネには、ほかの子供達とは違う、ある一つの特徴がありました。

「トンボが、午後は雨が降るって言ってたから、午後の体育は体育館だね」

イスメーネがそう言うと、ほかの子供達は、不思議そうな顔をしました。

「メネちゃんって時々そういう事言うよね」

しかし、子供たちは、イスメーネの事を変人扱いはしませんでした。
なぜなら、「虫や動物が言っていた」ことは、その後必ず起こっていたからです。
この日も、午後から雨が降り、グラウンドでの体育は中止となり、体育館でドッヂボールをする事になりました。

夏休みのある日の午前中、イスメーネは、道端の葉っぱの上に、とてもおもしろいものを見つけ
さっそく、家に持ち帰りました。

「お母さん!お母さん!」

イスメーネの母ヘルガは、ベランダで洗濯物を片付けていましたが
娘の興奮した言葉に、何事かと耳を傾けました。

「どうしたの?」

イスメーネは、ヘルガに、葉っぱと一緒に、「おもしろいもの」を母の顔の前に突き出しました。

「ほら!シャクトリムシ見つけた!」

ヘルガは、思わずのけ反りましたが、平静さを保ち、問いかけました。

「うわっ、よく見つけたわね、それで、どうするの?」

イスメーネは、自信をもって答えました。

「育てる!」

この日から、イスメーネには、新しい友達が出来ました。
名前は「トリム」と言う、緑色で細長い、歩き方がなんだかおもしろい友達です。

イスメーネは、毎日葉っぱと水の交換をするたびに、トリムに話しかけました。
天気の事や勉強の事、7時45分に家の前を通るかっこいい人の事。
そうしたら、その内、トリムもイスメーネとおしゃべりしてくれるようになりました。

「トリムは、大人になったら何になりたいの?」

イスメーネがトリムにそう聞くと、トリムは、体を天に向かってぴんと伸ばしながら、意気揚々と答えました。

「私はね〜、将来、立派なシャクガになりたいの」

そう聞いたイスメーネは、頑張ってこの子を立派なシャクガに育てようと誓いました。
そしてトリムもまた、イスメーネに尋ねました。

「メネちゃんは、大人になったら何になりたいの?」

そう聞かれたイスメーネは、困ってしまいました。
なぜなら、「将来何になりたいか」となんとなくトリムに聞いたものの
自身が何になりたいかとは、まったく考えもしていなかったからです。
トリムは、悩むイスメーネに応えました。

「今は分からなくても、その内なりたいもの見つかると思うよ」

それから3週間が経ったころ、トリムはイスメーネに言いました。

「メネちゃん、私これからサナギになるのね」

イスメーネは、そう聞いて、嬉しくもあり、さみしくもありました。

「そうなんだ、それじゃ、シャクガになったらお別れだね」

トリムは言いました。

「短い間だったけど、とっても楽しかったよ」

一週間後、トリムは、サナギから抜け、立派なシャクガになりました。
イスメーネは、別れをさみしく思いつつ、2階の窓からトリムを送り出す事にしました。

「それじゃあ、元気でね」

トリムも言いました。

「うん、メネちゃんもね」

その時、ふと下を見ると、長い金髪をなびかせた騎士が、イスメーネの方を見て二コリとし、軽く手を振って去っていきました。
イスメーネは、空へ舞うトリムに、伝えるべきことを思いつきました。

「トリム、私、大きくなったら騎士になるよ!」


「汝、騎士になろうとするもの、民の剣となり、民の盾となり、この国の全てを護ることを誓うべし」

イスメーネは剣を手に取り、栄光ある、騎士の称号を得ました。
厳粛な気持ちの中、たしかな喜びもかみしめ、そして一人の友達に、心の中で言葉を紡ぎました。

「トリム、私、騎士になったよ」

帰り道、イスメーネの頭上に、シャクガが飛んできました。
そして、何かを言いたそうに、イスメーネの周りをくるりと一周したのです。

「イスメーネさん?」

イスメーネは、驚きました。

「トリム?じゃないよね、もう15年も前の事だし」

シャクガは、羽ばたきつつ、その場でくるっと一回転しました。

「やっぱりイスメーネさんだ!私はムリト、トリムの子孫だよ」

ムリトは、まるで人がお辞儀をするようなしぐさを見せ、話し続けました。

「トリムは、私のお祖母ちゃんのお祖母ちゃんのお祖母ちゃんの、とにかくずっと前のお祖母ちゃんなんだ」

ムリトは、嬉しそうに話しました。

「もし、イスメーネと言う女の子が騎士になったら、「おめでとう」って伝えてって、ずっと言い伝えられてたんだ」

イスメーネは、心に満たされるものを感じました。

「そっか、良かった、本当に良かった」

ムリトは、また言いました。

「それじゃあね、メネちゃん」

イスメーネも、手を振りました。

「うん、元気でね」

手を振るイスメーネのそばに、長い金髪をなびかせた騎士がやってきました。

「どうしたの?」

イスメーネは答えました。

「15年前の友達に、また会えたんだ」



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